『ミスター・ランズベルギス』静謐の裏の激動

ミスター・ランズベルギス(2021)
Mr. Landsbergis

監督:セルゲイ・ロズニツァ

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

『バビ・ヤール』に続き、セルゲイ・ロズニツァのドキュメンタリー映画がシアター・イメージフォーラムにて公開された。4時間という超長尺作品ではあるが、時間を作って観に行った。相変わらず重厚なフッテージ芸が炸裂する作品であった。

『ミスター・ランズベルギス』あらすじ

「ドンバス」「バビ・ヤール」のセルゲイ・ロズニツァ監督が、1991年にリトアニアをソ連から独立に導いた元リトアニア国家元首ビータウタス・ランズベルギスを取材したドキュメンタリー。

ピアニストで国立音楽院の教授を務めていたランズベルギスは、祖国リトアニアの主権とソ連からの独立を訴える政治組織サユディスの指導者となる。1990年3月の第1回リトアニア最高会議で議長に選出された彼は、ソ連に対して独立を宣言し、ゴルバチョフ政権との対立を激化させていく。

独立の気運を高めた連帯「バルトの道」、経済封鎖による物価上昇と社会的混乱、首都ビリニュスで起きた軍事占拠「血の日曜日事件」など、1980年代後半から1991年9月のリトアニア独立にかけて起きた歴史的な出来事をアーカイブ映像で振り返りながら、ランズベルギスが当時の熾烈な政治闘争と文化的抵抗について語る。

映画.comより引用

静謐の裏の激動

ピアニストからリトアニア国家元首になった男ランズベルギス氏はゆっくり腰を下ろし、物腰柔らかに語り始める。それはまるで歴史の授業のように、淡々と事実が述べられたものである。もちろん、彼は当事者だから主観的な語りが混ざる。激動のリトアニア史に客観性を持たせるため、本作はフッテージを用いて裏付けをとる。そこにはロシア、リトアニアどちらかに肩入れするようなものではなく、当時起きていたことを均一に提示していくものとなっている。これは『バビ・ヤール』終盤における、群衆がもたらす暴力性を明らかにする運動に近いものがある。

人々は、混沌とし明日も分からぬ、そして自分の身に危険を感じている状況下で、一定の方向に歩もうとする。その流れの中で強烈な暴力が生まれる。やぐらを倒したり、膨大な人の波として敵対勢力になだれ込んだりする。その過程で、ソ連側は威嚇射撃をするもやがて、正面から撃ち込み、戦車も爆撃を始める。本作のフッテージは一貫して、人が群れることによって発生する暴力性について物語っているといえる。フッテージは時に、個に着目する。個々は自分の意志で、勲章を捨てたり、抗議の活動をしている。だが、マクロな視点での群れを見た時、その行動は群集心理として作られたもののようにも見える。自分で行動しているようで群れの流れにそって生み出された行動とも思えるのだ。

ランズベルギス氏は、政治家になりたかったかと尋ねられると、「普通の人生を送りたかった」と語る。音楽で生活し、家族と共に過ごしたかったと。それが叶わなかった今、ようやく手にした静謐の中、残り少ない人生を歩む彼を見ると、ランズベルギス氏もまた、激動の中に巻き込まれてしまった犠牲者なんだということに気付かされる。フラットに歴史を捉えることで明らかにされる群集心理についての作品であった。

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※映画.comより引用