『想像』永遠なる「三月の5日間」

想像(2021)

監督:太田信吾
出演:板橋優里、岡田利規、朝倉千恵子、石倉来輝、渋谷采郁、中間アヤカ、米川幸リオン、渡邊まな実、山口博之、九龍ジョーetc

評価:65点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

映像業界の辛辣な暴力と大阪・西成の実情を生々しく描いた話題作『解放区』を手がけた太田信吾監督新作はドキュメンタリー映画である。新作『想像』は演劇カンパニー・チェルフィッチュの「三月の5日間」を捉えたものである。「三月の5日間」とは2003年3月、アメリカ軍がイラク空爆を開始した日を含む5日間の若者達の日常をミニマルに描いた作品。若者の何気ない会話を、身体的誇張表現をもって描く独特のスタイルが評価され、2005年第49回岸田國士戯曲賞を受賞。本作を含む小説集が第2回大江健三郎賞を受賞している。そして、なんと国内だけでなく世界30都市でも上演される注目作だ。本ドキュメンタリーは、「三月の5日間」で主演を演じる板橋優里に着目している。

2021年5月29日(土)より横浜シネマ・ジャックにて公開の本作を株式会社 ゆかしさんのご好意で一足早く観させていただきました。

『想像』概要

演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の作品創作を追ったドキュメンタリー。世界的に注目されている演劇カンパニー「チェルフィッチュ」。2005年に第49回岸田國士戯曲賞を受賞したチェルフィッチュの代表作「三月の5日間」の再演に挑む演出家の岡田利規は俳優の想像という作業を重要視して創作を進める。オーディションで選ばれた7人の俳優のうち、1人に焦点を当て、本読みからパリ公演までの2年間をカメラが追う。小道具やセットを極力配したシンプルな空間で、俳優が想像だけを武器にパフォーマンスを豊かにしていく過程を、ミニマルにリフレインさせる手法を用いて描いていく。監督は「わたしたちに許された特別な時間の終わり」「解放区」の太田信吾。

映画.comより引用

永遠なる「三月の5日間」

それじゃあ「三月の5日間」というのを始めようと思うんですけれど、5日間のまずその第1日目は、あっこれは2003年の3月の話なんですけれど、朝起きたら、あっこれは「美濃部」って男って話なんですけれど、朝起きたらホテルだったんですよ。朝起きたら…

樋口一葉の小説のように途切れない語りで、ドンドンと主語や時系列が遷移していく。映画や小説、演劇は、我々の日常ではタブーとされていることを仮想世界で行うことができる。仮想で創り上げた世界を我々が見ることで、現実との差異に気づく。それによって新しい価値観が自分の中で生まれたり、言語化できない心のモヤモヤが解消されたりする。「三月の5日間」の場合、情報過多な時代合理化と最適化が求められ、主語/述語のストレートな言葉のキャッチボールが求められる時代に反するがごとく、果てしないピリオドなき会話を紡ぐことで、ヒトが会話する際、様々な時空やイベントを整理しながら話していることに気づかされる作品といえる。

本ドキュメンタリーは、正直序盤は不安であった。ピントがボケた撮影、音編集の弱さ、岡田利規のふわふわした演技指導に、板橋優里のワンパターンな会話演技。大丈夫だろうか?と思った。

しかしながら、それが狙いだったりする。本作は、トライ&エラーを繰り返し、3歩進んで2歩下がる牛歩で少しずつブラッシュアップされていく板橋優里の魅力に着目しているからだ。映画やテレビのドキュメンタリー番組で描かれる成長譚は、テンポよく被写体の急成長が捉えられる。しかし、現実はそうではない。我々も、目の前の仕事や勉強に食らいついているうちに、いつの間にか大きく成長していることに気づくことがあるでしょう。これと同様に「三月の5日間」のリハーサルに明け暮れる板橋優里を執拗に追うことによって、小さな変化の積み重ねを可視化していき、それが魅力に繋がってくる。

最初は、岡田利規の演出意図がのみ込めずなかなか役を自分のものにできない優里。動作を誇張することが特徴の本演目であるが、彼女の誇張表現は右手を口のところへ持っていき、左手を自由にさせる一辺倒である。それが回数を重ねると、右手の癖がなくなってくる。一方で、頭の中で計算していることが観賞者からあからさまに分かるところがある。計算しながら3歩動いている心の呼吸が見えてしまう。セリフが身体にしみついているので、食い気味に他の演者の言葉に不自然に重ねてしあうこともある。役をものにして行くと、型にはまってしまうので解体する必要がある。酔っ払っているようにフラフラとしてみたりする。右手の癖の本質を見出し始める。右手は思考を補助するもので、左手は他者との関係に向いていることに。だから、手を頭の上にやり、脳内の引き出しから情報を出そうとしている演技をしてみたりするのだ。

こうして、台詞と言葉が乖離している台本読みから、いつの間にか誇張した動作に反してリアルな若者の行動を捉えるレベルにまで成長していることに気づかされるのだ。

反復により重層的に世界が紡がれていく傑作『王国(あるいはその家について)』が好きな私には興味深い作品でありました。

※株式会社 ゆかしさんより画像提供