【ネタバレ考察】『あのこは貴族』「普通」は普通ではないし視認できない

あのこは貴族(2021)

監督:岨手由貴子
出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、佐戸井けん太、篠原ゆき子、石橋けい、山中崇、高橋ひとみetc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

コロナ禍で緊急事態宣言が何度も出されるものだから、映画館に行くのが億劫になっているこのところ。長らく観たかったものの、なかなか行くことができなかった『あのこは貴族』が、あつぎのえいがかんkikiにやってきたのでようやくその姿を拝むことができました。これは自分に刺さりまくった映画でありました。本記事ではネタバレありで本作について分析していきます。

『あのこは貴族』あらすじ

山内マリコの同名小説を原作に、同じ都会に暮らしながら全く異なる生き方をする2人の女性が自分の人生を切り開こうとする姿を描いた人間ドラマ。都会に生まれ、箱入り娘として育てられた20代後半の華子。「結婚=幸せ」と信じて疑わない彼女は、結婚を考えていた恋人に振られ、初めて人生の岐路に立たされる。あらゆる手段でお相手探しに奔走し、ハンサムで家柄も良い弁護士・幸一郎との結婚が決まるが……。一方、富山から上京し東京で働く美紀は、恋人もおらず仕事にやりがいもなく、都会にしがみつく意味を見いだせずにいた。そんな2人の人生が交錯したことで、それぞれに思いも寄らない世界がひらけていく。「愛の渦」の門脇麦が箱入り娘の華子、「ノルウェイの森」の水原希子が自力で都会を生き抜く美紀を演じる。監督は「グッド・ストライプス」の岨手由貴子。

映画.comより引用

「普通」は普通ではないし視認できない

自分はアニメや漫画、映画における「貴族」描写に不満を抱くことがある。「遊☆戯☆王」における海馬瀬人や『若おかみは小学生!』における秋野真月といったように、豪傑傲慢に描かれることが多い貴族だが、実際の貴族は違うと思っている。もちろん、そういう貴族も見たことがあるが、実際には富んでいる状態が普通であるが故にマウントすら発生しない。普通に会話する中で「毎年、夏と冬に海外へ行っているからもう30カ国ぐらい行っているかな?」みたいなフレーズが出てきたり、家にいけば遊戯王カードがリビング机に山のように積まれ、何事もないように昼食に鰻重が出たりする。さりげなく持っているヘッドホンが数万円のものだったりする。中学高校時代に、貴族が多かった学校にいただけに、アニメとかで傲慢な貴族が登場するたびに「そうじゃないんだよな」と思ってしまうところがあった。今まで一番まともだったのが「けいおん!」の琴吹紬描写で、経済面だけでなく人脈面でさりげなく貴族感を出し、裏の圧力でギターを値引きさせる展開は本物だなと思った。

閑話休題、本作は隠れ階級社会日本における埋められない差を残酷に描いた作品だ。一見すると静かな映画だが、じっくり観察すると凶悪だったりする。

まず、榛原華子(門脇麦)の家庭から語るとしよう。タクシーでホテルにまで送迎される。次の場面では家族のホテル会食が捉えられる。皆、正装で厳かな雰囲気の中、洗練された手つきで料理を嗜む。毛皮を纏うことが世間では炎上に繋がることに対して、まるで野蛮人を追っ払うように嘲笑う。そこへ華子が到着し、婚約者と別れたことを告げる。すると、次の縁談話を持ちかけられる。貴族家庭特有の跡継ぎ、血統の面倒臭い話が空間を覆い尽くす。

彼女はその息苦しさから「普通」を求める。だが、彼女にとって「普通」とはなんだろうか?平民の生活のことを指しているのだろう。だが、彼女にとって洗練された貴族生活が「普通」となってしまっているので、居酒屋で男を紹介してもらうと、トイレ含めあまりの汚しさに逃げてしまう。そして彼女は運命に従うように、お見合いを行い貴族・青木幸一郎(高良健吾)との縁談を進める。

本作が面白いのは、単なる貴族の話ではなく、女性目線の貴族話だということにある。経済的格差の他に、未婚/既婚/子持ちという女性ならではのヒエラルキーが映画を支配している。その対比として幸一郎がおり、彼女が貴族身分に守られ、それ以外の世界と接さないように育てられたのに対して、彼はフラッと居酒屋で平民の女・時岡美紀(水原希子)と付き合ったりしているのだ。彼女は幸一郎のお局軍団にいびられ、彼が多忙で全然一緒にいる時間がないのに孫を作るよう圧力をかけてくる。家父長制により抑圧されたことが普通となった女性たちの無意識なマウント、階級意識の痛々しさがより一層洗練された画と融合し窒息しそうな空間を形成していく。

そんな彼女と並行して、地方出身の女性・時岡美紀の生き様が描かれる。勉強を頑張り慶應義塾大学に受かる。貧しい彼女にとって内部生貴族の目線は辛い。ただ、それは貴族に対する憎悪への反射にすぎず、彼らはフラッと対等に彼女にアプローチをかけてくる。だが、女子会で¥4,200のアフタヌーンティーに連れてかれ、海外や最先端のトレンド話についていけず幻滅する。そして、親の経済状況悪化に伴い中退してしまう。「東京民には地方民の辛さはわからない」「貴族には平民、貧民の苦悩はわからない」憎悪が醸造されていく過程が生々しい。しかし、その憎悪というものは貴族には視認できない。華子が幸一郎の素性を知るために美紀を呼び出す場面。画面は同じ黒の服装に包んだ二人を映すが、華子の方が大きく、そして鮮やかに見える。スプーンを落とした時にスッと手を上げてウエイターを呼ぶところ一つとっても育ちの違いが魅せつけられる。会話の中でも、クリスマスツリーや雛人形を飾らないことにドン引きする場面で無意識に美紀を傷つけてしまっているのだ。

そうです、本作は階級の差を均一に描いている作品ではなく、貴族が無意識に残酷にそれ以外の階級を蹂躙する痛さを描いているのだ。だからこそラストが辛辣だ。美紀は地方から上京して必死に不思議の国・トーキョーに食らいついて最終的に友人と起業することで自由を勝ち取った。一方で、華子は幸一郎と離婚したが、人脈を駆使して簡単にマネージャーのポジションを勝ち取る。それでもって美紀のような自由さに羨望を抱いている。岨手由貴子の『グッド・ストライプス』は全くノレなかったものの「普通」は普通ではないし視認できない真理をとことん掘り下げた『あのこは貴族』の凄まじさは終始興奮しっぱなしで彼女の今後の作品が楽しみになりました。

※映画.comより画像引用