【ネタバレ考察】『東京自転車節』笑いながら泣き、怒るUber Eats配達員

東京自転車節(2021)

監督:青柳拓

評価:40点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ポレポレ東中野界隈で話題となったコロナ禍ドキュメンタリー『東京自転車節』があつぎのえいがかんkikiにやってきましたので観ました。本作はコロナ禍で仕事を失った映画監督の青柳拓が山梨から東京へ自転車一台上京し、Uber Eats配達員に挑戦する様子を撮ったもの。町山智浩がラジオで取り上げたこともあり、かなり評判高い映画ではあったのですが、これがかなり困った内容でありました。今回はネタバレ考察として本作を掘り下げていきます。

『東京自転車節』概要

「ひいくんのあるく町」の青柳拓監督が、2020年緊急事態宣言下の東京で自らの自転車配達員としての活動を記録したドキュメント。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため緊急事態宣言が発出された2020年の東京。自転車配達員として働くことになった青柳は、スマートフォンとGo Proで自身の活動を記録していく。セルフドキュメンタリーを踏襲しながら、SNS動画の感覚でまとめあげた日常を記録した映像を通し、コロナ禍によって生まれた「新しい日常」とは何かを問いかけていく。

映画.comより引用

笑いながら泣き、怒るUber Eats配達員

山梨で運転代行の仕事をしていた映画監督の青柳拓。日本映画大学の奨学金が500万円あり、返済の為に仕事に励んでいる。奨学金は利子がつく関係で700万円にまで膨れ上がる模様。そんなシステムの異常さに文句を言いつつも返済しようとしていた矢先に新型コロナウイルスCOVID-19が国際的に蔓延した結果職を失ってしまう。山梨の片田舎故にコンビニバイトすることすらできず、家業を手伝おうにも休業中だ。どうしようもない日々に悶々する中、知り合いからUber Eatsの存在を知る。家族の為にも自分の為にも一念発起し、家を飛び出し愛用の自転車使って配達の仕事に就く。

1日1万円稼げると思っていたが現実はそう甘くはなかった。タピオカジュース1個、ハンバーガー1個運ぶのに遠くまで稼働させられ、1万円超えられないばかりか、日によっては3000円ぐらいしか稼げない。雨の日は尚更だ。友人の家に泊めてもらうも、どうも居心地が悪い。彼は時としてホームレスとなり、路上で寝泊りしながら緊急事態宣言下の東京をサバイバルする。

正直、ドキュメンタリー映画としてはイマイチだ。映画学校で学んだ割にはyoutuberの動画レベルである。発した言葉をそのままテロップにしてしまう浅はかさはもちろん、ノーマスク、鼻マスク、顎マスクしながら歩いていたり、安全運転心がけていますといいながら、走りながら撮影機材をいじっているような危険運転が散見される。仕舞いには転倒事故を数度引き起こしているのだ。これが戦略的ドキュメンタリー作りならまだ分かるのだが、単にコロナ禍という特殊な状況で今撮れるものを撮ろうとする勢いしか感じられない。故に軸が感じられず、結局富裕層と思われる場所にタピオカジュース1個、ハンバーガー1個運ぶ様子が映し出されているのに、ラストは国会議事堂に向かって走る意味ありげで薄っぺらいエンディングとなっている。ケン・ローチが問題提起しているけれども、自分たちは金を稼ぐしかないという強い貧困層のメッセージを打ち出しているのであれば、そこはラストでタピオカジュースを運ぶシーンを入れるべきだったと思う。ただ、これは青柳拓の力量不足というよりかはプロデューサーの大澤一生の支援不足だったと思う。というのも、本編観ると最初から最後まで青柳拓の心は壊れてしまっているからだ。

借金と無職に悶々としている彼が空元気で頑張るが、全く報われずドンドンと心が折れていく様子が映し出される。折角稼いだお金で、誕生日の日にデリヘルを頼むがコロナ禍料金で女性を頼むことができず笑いながら泣く場面から彼は壊れ始める。私も心を壊したことがあるから分かるのですが、心が壊れると喜怒哀楽の整理がつかなくなる。通常は目の前の事象に対して喜怒哀楽の箱を出して、感情が収まった段階でしまう。しかしながら、心が壊れると喜怒哀楽の箱を取り出してしまうことができなくなる。その結果、様々な感情が同時に顔に出るのです。青柳拓は稼げども稼げども、自転車のパンクや携帯電話の故障といった思わぬ出費で満足した金が稼げない。でも家族に弱い側面を見せることができない。だから泣いていたり怒っているが、顔は笑っているのだ。特に、道で横転し通行人に笑われている中、泣くのを抑えながら笑っている場面は象徴的だろう。

そして、この映画が数少ない凄い場面は終盤にある。数日で70件のデリバリーをすると特別ボーナスが出ると知り、1日で40件以上捌く場面。残り数件、天気は雨だ。足の感覚もない。そんな状況で、彼はカメラに向かって独り言を絶叫しながら、顔を歪めながら目的地を急ぐ。雨のせいだろうか、カメラから映し出される視界は狭く、魚眼レンズのようになっている。これは、重労働で青柳拓の視野が狭くなったことを示唆しているようにみえる。これはこの映画全体のテーマに繋がっていると考えることができる。貧しき者には選択肢がない。ケン・ローチが『家族を想うとき』でギグエコノミーの問題点を世界に訴えかけても、貧困層にとっては明日を生きる金を稼ぐのに必死だ。ちっとも俺たちの生活は変わってないと、活動家にぼやきたくなる。これが例え映画学校を出ていてもそうなのだ。そして、インターネットに繋がれば情報にありつけるというが、目の前のことに精一杯だと情報にすら辿り着けず、他者からのアドバイスがあって初めて個室ビデオで牛丼やカレーが食べ放題であることを知れるのだ。つまり、貧困は視野を狭めてしまう側面があることを意図的か偶然かこの映画は捉えており、そこは評価すべきである。

それにしても、伊藤開司が重労働の後、キンキンに冷えたビールを欲しているが、青柳拓はアパホテルでの安らぎや個室ビデオの牛丼を欲するところをみると、日本は嗜好品にすら手を出さず本当に最低限の生を藁を掴むように求めている随分と貧しい国になったなと思った。単に、お酒が好きではないだけかもしれないが。

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※映画.comより画像引用