【超長尺映画】『ハイゼ家 百年』百年の「豊饒な」孤独

ハイゼ家 百年(2020)
原題:Heimat ist ein Raum aus Zeit
英題:Heimat Is a Space in Time

監督:トーマス・ハイゼ

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第69回ベルリン国際映画祭でフォーラム部門の最高賞にあたるカリガリ賞を受賞した時から気になっていた作品『Heimat Is a Space in Time』がまさか日本公開されるとは思いもよらなかった。監督の家族の記憶とドイツ史を関連づける極私的な3時間半に及ぶドキュメンタリー。既に観ていた友人からは「収容所のリストを30分以上観せられるよ。」と教えられており、興味があった一方で私のなけなしの英語力で海外の配信サイトから観るのは困難だと感じていた。というわけで、イメージ・フォーラムにて『ハイゼ家 百年』で観てきました。

『ハイゼ家 百年』概要

旧東ドイツ出身の映画作家トーマス・ハイゼが、自身の家族を通して激動のドイツ100年史に迫ったドキュメンタリー。ハイゼ家が19世紀後半から保管してきた日記、手紙、写真、音声記録などの遺品を紹介しながら、ハイゼ監督自らのモノローグで3時間38分かけて語る。2度の大戦、ナチスの台頭、ホロコーストの記憶、冷戦による東西分断、秘密警察シュタージによる支配、ベルリンの壁崩壊、そして冷戦後も続く国家による暴力に希望を打ち砕かれる人々。激動の時代に翻弄されたハイゼ家の壮絶な歴史を振り返る。第69回ベルリン国際映画祭でフォーラム部門の最高賞にあたるカリガリ賞を受賞した。

映画.comより引用

百年の「豊饒な」孤独

驚かされた。

問題の30分以上に及ぶ強制移送されたオーストリア系ユダヤ人のリストは体感時間ではなく、本当に30分存在したのだ。従来もクロード・ランズマン『ソビブル、1943年10月14日午後4時』のラストで収容所に収監された人のリストを読み上げられる場面があるが、本作は変わった演出となっている。目の前に映画のエンドロールさながらスクロールされるリストに対して、そのリストとは無関係に見える手紙のやりとりが読まれるのだ。リストの日付も全く関係ない。これはどういうことか。じっくりと観ていくと段々と納得してくる。手紙では段々と社会情勢が悪化し、石炭等の物資が手に入らなくなり、移送の為限られた荷物だけもって家から追い出されていく家族のやりとりが語られていく。そうです。我々は未来の視点から結末を「目」で追い、一方でその悲惨な未来に向かって突き進む様子を「耳」で追っているのだ。

クロード・ランズマンの観客の脳裏に激動の時代のヴィジョンを植え付ける手法とも、マルセル・オフュルスの編集によって歴史アーカイブをドラマティックに魅せる手法とも、はたまたジェームズ・ベニングが『Deseret』で写真のスライドショーに物語を付加していく手法とも異なる、新たなアーカイブ映画の語り口を発見しているように思えるのだ。

そして、目の前で提示される景色は然程語りとリンクしていない。しかしながら、ゆっくりゆっくりとスクロールされるリストと、ゆっくりゆっくり全身する貨物列車の動作が、未来に向かって牛歩で進む息苦しさを象徴していたり、廃墟の片鱗から見える歴史の層から語りと紐づいたりと発見が多い。我々は、街を歩けば視覚/聴覚から自動的にインプットされる情報を通じて、思索する。思索する中で過去の事象と紐づいていき、蜘蛛の巣のようにネットワークが形成される。それをドラマティックに描いたのはいうまでもなくマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』であり、窓から映る人々の営みやヴェネツィアの景色から自分の人生の一部を紐づけていた。だが、我々も普段何気なく、そういった連想はしているのです。

トーマス・ハイゼは極私的家族のクロニクルを「絡まった糸を解くのに意味はあるのか?」と言わんばかりに徒然なるまま紡いでいく。だが、そのプロセスは決して彼だけのものでもドイツ史だけのものでもなく、日本に住む我々にとっても自然な行動であり普遍的な存在だ。故に、『ハイゼ家 百年』は他人の思索のプロセスを覗き見ることでメタ的に自分の思索と向き合う百年の「豊饒な」孤独と言えよう。

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※映画.comより画像引用