【アカデミー賞】『チェチェンへようこそ -ゲイの粛清-』ディープフェイクの新しい使い方

チェチェンへようこそ-ゲイの粛清-
Welcome to Chechnya(2020)

監督:デヴィッド・フランス

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、第93回アカデミー賞ショートリストがいくつか発表された。

すっかりアカデミー賞に興味を失っている自分ではあるのだが、映画関係者がマッツ・ミケルセン主演作『Another Round』ばかりヨイショしているのを見ると少しモヤモヤするところがある。ルーマニアの『Collective』は?コートジボワールからショートリストにまで登りつめている作品があるぞ?と言いたいことがある。ただ、映画関係者はどうも本業が忙しいらしく映画を観られていない現状もチラホラ聞いている。なら、自分が本気を出すしかありません。ということで、日本未公開映画開拓者としてショートリストにある謎の映画を多数取り寄せたので随時紹介していこうと思う。今回は、チェチェンで暴力に怯えているジェンダー・マイノリティを救助する潜入ドキュメンタリー『Welcome to Chechnya』を紹介します。

※邦題『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』で2022年2月26日(土)ユーロスペース他にて公開決定

『Welcome to Chechnya』概要

A group of activists risk their lives fighting for LGBTQ+ rights in Chechnya.
訳:チェチェンでLGBTQ+の権利のために命がけで戦う活動家たちを描く。

※imdbより引用

ディープフェイクの新しい使い方

第93回アカデミー賞ショートリストを入念に調べている方は、ある疑問が浮かぶであろう。本作は長編ドキュメンタリー賞(DOCUMENTARY FEATURE)だけでなく、視覚効果賞(VISUAL EFFFECTS)のショートリストにも選出されている。予告編を観る限り、ただの潜入ドキュメンタリーにしか見えないのだが何が凄いのだろうか?

実はこの段階で、この映画は大成功している。というのも、本作ではチェチェンからジェンダー・マイノリティの人々を亡命させる様子が描かれているのだが、対象者の安全を保証する為、ディープフェイクが使われているのだ。ディープフェイクとは人工知能(AI)を用いて人の顔や声を合成する技術。これを用いて、対象者の顔を別人に変えているのだ。従来の潜入ドキュメンタリーでは、暗闇やモザイクを使って対象者の安全を守ったり、『アクト・オブ・キリング』、『ルック・オブ・サイレンス』のように潔く顔を映しても、エンドロールでは出演者を「匿名」と表記していたりしていた。『Welcome to Chechnya』の場合、暴力に苦しむ者の決死の脱出劇の緊迫感を捉えることと被写体の安全を保証すること双方を実現して見せた点で画期的だ。「本作はディープフェイクを使っている」と言われなければ見破るのが極めて困難な出来栄えになっているところに驚かされる。画面に近づき、ようやく顔と皮膚の微妙なノイズに違和感を感じるぐらい。ディープフェイクといえば、ネットのおもちゃとして使われ、犯罪面での使用としての危険性も危惧されている厄介な代物ですが、このような使い道を見出したデヴィッド・フランスを賞賛する必要があります。

さて、そんな技術を使ったドキュメンタリーの内部に迫りましょう。ロシアのLGBTQコミュニティのスタッフが電話をしている。チェチェンからのSOSだ。アーニャと名乗る人物は、自分がゲイであることが叔父に発覚し脅されていると語る。アーニャは家を出たいが、どうすればいいのか分からず助けを求めているのだ。

アーニャの話を中心に、チェチェンに蔓延するジェンダー・マイノリティに対するイジメの実態がモザイクのように張り巡らされる。強烈な暴力シーン。デモを行おうものなら、集団で男に襲われる。警察ですら活動を抑圧してくる。団結することすら許されないのだ。

そんな抑圧に苦しむ者たちの脱出劇が展開されるのだが、隠しカメラで撮られた映像は観る者も呼吸が止まりそうになる。「おい、パスポートを見せろ」「君たちの関係性は?」永遠に続くと思う間、トイレで服装を変えたり、携帯電話を破壊したりしながらチェックポイントからチェックポイントへと移動し、飛行機に乗っても離陸するまで油断できない緊迫感は如何にチェチェンやロシア社会におけるジェンダー・マイノリティに対して冷淡かがよく分かります。

一方で、本作は脱出劇を撮るのに必死かつ技術ありきの映画故に同じく亡命を描いたドキュメンタリー『ミッドナイト・トラベラー』と比べると映画としては弱い部分がある。それでも、本作は最終ノミネートにまで残ってほしいし、ダークホースが賞を獲るイメージが強い視覚効果賞で暴れてほしいドキュメンタリーである。

それにしても2020年は技術と人の関係を描いたドキュメンタリーが熱い。他には機械学習に偏りがあるのではと考察した『Coded Bias』。女性だけでなく黒人やラテン系がソフトウェア業界においてキャリア形成が難しい実態を追った『Hello World』がある。職業柄、この2本も観たいところである。

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※varietyより画像引用