『THE CAVE』第92回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネートのシリア地下病院リポート

THE CAVE(2019)

監督:フィラス・ファイヤド

評価:80点

先日、第92回アカデミー賞ノミネートが発表されました。最近は、カイジのように金と組織票による暴力で中身云々ではないアカデミー賞の素顔に、割とどうでも良くなってしまったのでテンションが低い。今年は、特に顕著で、A24の冷遇っぷり、そしていつも通り長編アニメーション賞はディズニー/ピクサー系、ズバリ『トイ・ストーリー4』が受賞する訳で、『クロース』とか『失くした体』なんて受賞させないでしょと鼻から幻滅モードであります。それでも映画人としての本能がアカデミー賞に対する好奇へ向かわせる。やはり、『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画として30年の努力の末に史上初の国際映画賞にノミネート、作品賞にまで食い込んできたことは嬉しいことだし、短編ドキュメンタリー賞にもセウォル号事件を扱った韓国映画『In the Absense』がノミネートされる大快挙を成し遂げています。そして、マネーゲームの戦火から比較的免れており、かつ良作が多い国際映画賞、そして長編ドキュメンタリー賞は気になってしまうものです。

さて、例年シリア問題に対する関心が高まっているのか、毎年シリア関係のドキュメンタリーがノミネートしているのですが、今年は遂に2本も選出されました。前哨戦であれだけ評判の高かった『アポロ11』を差し置いてまで2本も枠が設けられたのです。1本は日本では2月公開の『娘は戦場で生まれた』で、スマホやカメラを使ってシリア内戦を撮り続ける母を描いた作品であります。もう一本は、Googleで検索すると2018年にチェンライの洞窟に閉じ込められたサッカー少年たちの脱出劇を描いた2019年公開の作品がトップに出てきますが、それではなく、シリアの地下病院を描いたドキュメンタリーです。これを観ると、現代における戦中極限状態におけるデジタルメディアの文化というものがみえてきます。日本公開してほしい傑作だったのです。

『THE CAVE』概要


Amidst air strikes and bombings, a group of female doctors in Ghouta, Syria struggle with systemic sexism while trying to care for the injured using limited resources.
訳:空襲と爆撃の最中、グータの女性医師グループは、限られた資源を使用して負傷者の世話を試みている間に、全身性差別と格闘しています。
imdbより引用

ガチ地下の家族

アレッポ 最後の男』でもアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネートを果たしたフィラス・ファイヤドは、現代における『この世界の片隅に』を描いている。『アレッポ 最後の男』では、戦火の中でも僅かな水で金魚を育てようとする人など、生活や極限状態で生まれる文化を捉えた。ただ、この作品は、市井を描くには、ボリューム不足感が残る作品であった。しかしながら、今回はそこからさらなる調査の結果、より一層深みを増した文化を捉えることに成功している。

空爆で地上が壊滅的になる中、人々は地下シェルターを増築していく。中には子ども向けのレジャー施設なんかがあったりする。まさしくエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』な世界観が広がっている。そこで、医者として次々と運ばれてくる患者の治療に励む女性たちにフォーカスがあたっている。

この前、トラベルジャンキー系お笑いタレント・イモトアヤコが、「今やどんな国に行っても、どんな人だろうとスマホを持っている」と語っていたのだが、それは本当だ。壊滅的で圧倒的物資不足のシリアですらスマホはあるのだ。そして、スマホは少し異質なツールとして使われている。手術中に、スマホを見ながら、情報収拾したり別のところにいる有識者と情報共有するのだ。なかなか地上へ出られないので、スマホのニュースを通じて、戦況を知る。ただ、彼らはどんなに過酷な状態でも少しでも安らぎを求めるように、治療中にもかかわらず、「よし、今日はこの曲を流そう!」と現地の音楽や、時にはオーケストラの動画を流し始めるのです。

難民系ドキュメンタリーといえば、山形国際ドキュメンタリー映画祭で、難民としてヨーロッパへ逃げる模様をスマホ3台で捉えた作品『ミッドナイト・トラベラー』がありましたが、あちらは悲惨な現状をアーカイブするツールとしてスマホが使われることを強調していたのに対し、こちらは戦中極限状態においてスマホはどのように使われるのかに特化した作品である。意外と、ありそうでない視点に感銘を受けました。そして、手袋で風船を作って、自撮り写真を撮ったりするお茶目さがまたユニークで、戦場ドキュメンタリーの中でもここまで文化の側面にリアルタイムで寄り添う映画は滅多に観られないぞと興奮しました。

無論、ジャーナリズム映画なので、楽しむという表現は不謹慎なのは十分わかります。しかし、ただ戦争の大変さばかりを前面に出してもメッセージは埋もれてしまう。だからこそフィラス・ファイヤドのユニークな視点は非常に重要だと感じました。

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