【ネタバレ考察】『リチャード・ジュエル』何故、彼は喋るなと言われているのに喋ってしまうのか?

リチャード・ジュエル(2019)
Richard Jewell

監督:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

早撮りの名人芸を毎年魅せてくれるクリント・イーストウッド。ハリウッドでの評価は毎回パッとしないのですが、日本ではキネマ旬報が毎回年間ベストテンに入れている大人気監督であります。毎回、実話をベースに英雄の翳りを緻密に描いていく。約1年の短い期間で、重厚な物語を作り出してしまう姿にはブンブンも驚かされるあまりです。ただ、今年は公開前から論争を呼んでいいた。劇中で登場する女性ジャーナリストのキャシー・スクラッグスが枕営業で情報を引き出す描写があり、その露骨さが物議を醸していたのだ。イーストウッドは、私生活で女性や家族に関する問題を抱えており#MeToo運動の格好の餌食になりうる監督ではあるが、確固たる哲学を押し通して逆風に負けない監督。内なるステレオタイプの女性観が過剰作劇になっているのではないか?と不安を抱き劇場へ向かいました。確かに、問題はあれど映画として観た際に、緻密に人間を描いた作品でありました。『15時17分、パリ行き』で登場したオーラがヤバすぎる主人公(本人)同様、社会から外れてしまった男の内面をしっかり捉えていたのです。リチャード・ジュエルと似た側面を持つ自分は彼に共感を抱き没入したので、今日はネタバレありで彼の行動原理を読み解いていきます。

『リチャード・ジュエル』あらすじ


「アメリカン・スナイパー」の巨匠クリント・イーストウッドが、1996年のアトランタ爆破テロ事件の真実を描いたサスペンスドラマ。96年、五輪開催中のアトランタで、警備員のリチャード・ジュエルが、公園で不審なバッグを発見する。その中身は、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。多くの人々の命を救い一時は英雄視されるジュエルだったが、その裏でFBIはジュエルを第一容疑者として捜査を開始。それを現地の新聞社とテレビ局が実名報道したことで、ジュエルを取り巻く状況は一転。FBIは徹底的な捜査を行い、メディアによる連日の加熱報道で、ジュエルの人格は全国民の前で貶められていく。そんな状況に異を唱えるべく、ジュエルと旧知の弁護士ブライアントが立ち上がる。ジュエルの母ボビも息子の無実を訴え続けるが……。主人公リチャード・ジュエルを「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のポール・ウォルター・ハウザー、母ボビを「ミザリー」のキャシー・ベイツ、弁護士ブライアントを「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルがそれぞれ演じる。
映画.comより引用

何故、彼は喋るなと言われているのに喋ってしまうのか?

Vanity Fairに掲載された記事「American Nightmare: The Ballad of Richard Jewell」に基づく本作は、徹底的にリチャード・ジュエルの行動に着目した作品だ。

冒頭、メールボーイとしてオフィスを徘徊するリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、後に相棒となるワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)の電話を盗み聞きして怒られる。そして「テープは?」とワトソンがイライラしながら尋ねると、プーさんのようにおっとりした口調で「ボクは、テーブルに入れておいたよ」と言う。そして、続けざまに「ちっ、、、ちなみに!一番下の段には、スニッカーズを追加しておきました。」という。「どうしてわかった?」と訊かれると、「ゴミ箱を見て気づきました。」と言う。

次の場面では、ワトソンはゲームセンターを覗く。すると、子どもたちに混じって真剣にガンシューティングゲームに打ち込むリチャードの姿がいた。毎日、頭をフル回転させ、厳しい仕事に打ち込むワトソンは、まるで少年のようなリチャードに惹かれていく。しかし、彼は早々に退職してしまう。

そして、リチャードの仕事が映し出されていく。法の執行人になりたい彼は、大学の警備員として職務を全うするのだが、真面目すぎる性格故、学校とトラブルを起こしてクビになってしまうのだ。そして、段々と彼の生活が明らかになっていく。彼は、30代半ばを過ぎても未だに母親と暮らしているマザコン子供部屋おじさんだ。しかも、家の隅々にはぬいぐるみやおもちゃが置いてあり、銃マニアとして家に鹿狩りするにはあまりに過剰な銃器が沢山隠されている。そして、食事中には兵器の話を事細かく饒舌に話すのだ。ただ、コミュ障で、もうそのことによる差別に諦めを感じている男だということが分かってくる。

そんな彼は、オリンピック会場近くで開催されていたライブ会場の警備を行う。母親をライブへ連れていき、お客さんに勝手に飲み物を配る。他の警備員に面倒臭い絡み方をするリチャードは、チンピラに絡まれているうちに謎のリュックを発見するのだ。警備仲間は「どうせ、ただの忘れ物だろう」とリチャードの爆弾が入っているかも発言をあざ笑うのだが、実際にリュックを開けると爆弾が入っている。そして、リチャードにしては極めて冷静な対応で、最低限の被害に留めることに成功するのだ。法の執行人として英雄になりたい彼は、30代半ばで夢を掴んだのです。アンディ・ウォーホルが言う「誰もが15分以内に有名人になれる、そんな時代が来るだろう。」はリチャードにも当てはまったのです。

しかし、そんな彼に社会のバグが忍び寄る。FBIもマスコミも、他者を出し抜くことしか考えていなかったのだ。その感情は、リチャードが持つ「肥満、マザコン子供部屋おじさん、ガンマニアに話し方が変、同性愛者と友達」といったプロファイリング上、犯罪しそうな側面に刃を抜く。彼を犯人に仕立て上げようとするのだ。組織は、論理的ディスカッションの末一つの方向に向かって進むが、論理的思考が得意な者同士が自分の思い込みを反論不可能なまでに理論武装し彼を血祭りに挙げていく様が描かれていくのです。

彼は事前に、かつての旧友ワトソンを右腕につけていた。唯一、自分の容姿や話し方をバカにしないから信頼していたのだ。かくして、袋の鼠に陥ったリチャードの反撃が始まった。

さて、本作を観ていると、分からない人には分からないリチャードの行動が執拗に描かれる。それは、「やるな、と言われているのにやってしまう」ことである。ワトソンは、FBIやマスコミの策略に嵌められないよう、リチャードに「警察には何も言うな、彼らは尊敬する人ではない」と強く、何度も言い聞かせる。しかし、ワトソンが席を話している隙にFBIの「ちょっと電話に『爆弾を仕掛けた。30分後に公園を爆破する。』と言え」といった言葉を呑んで、電話録音に協力してしまうのだ。明らかに、事実捏造の策略だというのに。ふと疑問に思うでしょう。前半で、ワトソンの「何もサインするな。俺を通してから行え。」といった言葉は遵守するのに、何故警察にはベラベラ話してしまうのか?この非論理的な行動にある者はフラストレーション溜まることでしょう。

ただ、ブンブンが若干彼と同じ行動をしがちなので、これは説明できます。これはリチャードが既に自分の頭の中で世界を作ってしまったことによる弊害といえます。彼は、法の執行人としてFBIや警察官になりたかった男。しかし、社会は彼の容姿や言動を嘲笑い続けた。彼の承認欲求は30代後半になっても全く満たされなかったのです。それは本能的に、「認められたい」という欲望を増幅させる。そして、その「認められたい」が絡む分岐において、欲望が満たされる選択肢をうっかり選んでしまうのです。本出版の件は、本の出版がどういった影響をもたらすのかあまり想像できていなかった為正常に判断できた。ワトソンに相談するきっかけとなる映像撮影に見せかけたサインの場面では、FBIが十分に彼とコミュニケーションしておらず一方的な撮影だった為、彼は自分を静止することができた。しかし家宅捜索の場面では、母親のいる前で何もいいところを魅せられず、相棒ワトソンからもキツい言葉を浴びせられていたので、強い承認欲求が無意識領域からリチャードを蝕み、FBIの言いなりになってしまったと分析することができます。

自分の本能を抑えることは非常に難しい。彼も、やってはいけないと思いながらも行動してしまっているだろう。冷静に俯瞰して見れば論理的に正しい選択ができるのだが、リチャードの場合自分の世界に引きこもり視野を狭めてしまいがちなので、いざ分岐に立たされ短い時間で決断しなければいけない時に間違った選択をするのです。そして「どうしてそう行動した?」といった質問に対し論理的に説明できないのです。

何たってその時の本能が勝ってしまったとしか言いようがないのだから。

ブンブンは部屋に、ラース・フォン・トリアーのDVDや『裸のランチ』といった小説を飾ってあり、ミッフィーやカピバラさんのぬいぐるみと一緒に寝るような男。警察にお縄になったら、書きたくなるネタが多い男である。そして、仕事では論理的を極めた上司や先輩から「お前の行動が分からない」、「お前の日本語は分からない」と言われ続けている。そして最近は抑制できているが、つい最近までその本能的行動により仕事に埋まる地雷を全て踏むような男だった。だからこそ、リチャードの苦悩をハンカチ無くして観ることができなかった。そして、最後まで彼を見捨てず育てていったワトソンの愛の鞭に心打たれたのでありました。

女性ジャーナリスト問題から見えるイーストウッドの本能

イーストウッドは、もう自分は変われない。だから自分の哲学は歪めないという意志が見える監督である。そしてそんな自分を懺悔するように昨年『運び屋』を作った。そんな芯が強い男が故に、#MeToo運動による過剰な魔女狩りの被害を受けていない。ただ、そんな彼の社会に対する嫌悪が滲み出すぎたのか、女性ジャーナリスト描写のステレオタイプ具合には割とドン引きしました。特ダネを得るために、枕営業をし、ワトソンの車に忍び込んで誰よりも貪欲に新しい情報を得ようとするクズジャーナリストとして映し出されるのだが、それがあまりに下品で、いくらマスコミのマスゴミ性を暴く作品とはいえ冷静さを失っていると感じた。リチャード・ジュエル周りの描写が無駄なく丁寧な職人芸だっただけにこれは致命的な汚点だと感じました。

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