ワンオペレーション(2025)
If I Had Legs I’d Kick You
監督:メアリー・ブロンシュテイン
出演:ローズ・バーン、コナン・オブライエン、エイサップ・ロッキー、ダニエル・マクドナルドetc
評価:85点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第75回ベルリン国際映画祭にて俳優賞(ローズ・バーン)を受賞した作品が邦題『ワンオペレーション』として日本公開された。邦題はずいぶんとマイルドになっているが、現代は”If I Had Legs I’d Kick You(足があったら、お前を蹴飛ばしてやるのに)”と強烈である。本作はA24映画(配給のみ)ではあるのだが、日本の配給は東京テアトルとシンカと意外な組み合わせとなっている。
『ワンオペレーション』あらすじ
本来は複数人で担うべき育児や家事、仕事を1人で背負う「ワンオペレーション」という現代の社会問題を題材に、追い詰められた主人公の日常とアイデンティティーが崩壊していく様子を没入感たっぷりに描いたドラマ。
原因不明の病を抱える幼い娘の世話をしながらセラピストとして働くリンダは、顧客の患者への対応や、娘の担当医からの叱責、長期出張中の口うるさい夫からの電話など、息つく暇もない日々を送っていた。そんな中、自宅アパートの天井が突然崩落し、娘とともに海辺の格安モーテルで暮らすことを余儀なくされる。誰にも頼れない孤独な状況のなかでついに限界を迎えた彼女は、思いもよらない事態にのみ込まれていく。
「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」などのローズ・バーンが主人公リンダを鬼気迫る演技で体現し、2025年・第75回ベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞(銀熊賞)、2026年・第83回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞、第98回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされた。心理学の修士号を持つメアリー・ブロンスタイン監督が、重病の娘とモーテルで暮らした自身の実体験をもとに脚本を執筆し、生々しい現実感とブラックユーモアを織り交ぜた独創的な映像表現で描き出す。
ワンオペ育児から、決して逃れることはできない
本作は、難病を抱える娘の育児に追われる女リンダのまさしく《ワンオペレーション》な日常を描いた作品である。ある日、天井に穴が空き、水浸しとなったことでモーテルに避難する。娘は専用の管をつけなければならず、夜は無線で彼女の生存を確認しながら束の間の一服をするような生活を強いられている。彼女はカウンセリングの仕事をしており、リンダこそカウンセリングの対象だと思うのだが、うつらうつら診断している状態である。そんな彼女の生活は統合失調のように虚実曖昧な悪夢となっていく。
まず、本作では育児をテーマにしているものの、娘の顔はほとんど映らない。手や背中といった一部だけが映し出される。そして、フレームの外側で生意気な娘のわがままが響き渡る。リンダの心理的不安が、脳内の暴言といった形で増幅されるように描かれているのだ。これに輪をかけて周囲の人物の無理解や責任の押し付けが無線などといった他の媒体を介したような音で表現される。17年前の前作『Yeast』のフッテージを観ると同様のことをやっているので、この技術を心理表現としてメアリー・ブロンシュテイン監督が応用させているといえる。
この作品が興味深いのは、リンダだけが育児から逃げられない様を徹底的に描いている点にある。リンダは周囲に緊急事態であることを訴えかけるのだが、自分には関係ないとして跳ねのけられてしまう。一方で、彼女の鏡像関係にある患者の女は赤子を放置して診察室から立ち去ることができる。そして彼女に降りかかる災難を他責にしようものなら、それすらも狡猾にキャンセルされてしまう。では、酒や薬に逃げることはできるのか?これができない。モーテルでワインを買おうとすると店員に断られるのだ。薬のバイヤーが隣に住んでいて一緒に買うことになるのだが、中々実物にありつけない。かといって、死を選ぶことすらできない。
これが冒頭、娘が語る「ママは伸びるんだ、粘土みたいに。パパは違う、怒ったら終わり。でもママは伸びるんだ」といったあまりにも恐ろしいセリフと共鳴する。決して逃れることのできないワンオペ育児の悪夢。スペクタクルすぎる描き方ではあるもののこうまでしないとわからない女性の痛みについての映画として、2026年下半期最恐のホラーとしてよくできていた。











