『Camp de Thiaroye』搾取されるセネガル軍

Camp de Thiaroye(1988)

監督:センベーヌ・ウスマン、Thierno Faty Sow
出演:シディキ・バカバ、ハメド・カマラ、イスマエル・ローetc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

日仏学院のメディアテークにはセネガル映画の父ことセンベーヌ・ウスマンの映画がいくつかある。センベーヌ・ウスマンは元々小説家であったものの、文字が読めないセネガルの人々に社会問題を伝える手法として映画を見出し、パリで得た知見を元に映画監督になった人物である。視覚・聴覚を活用した表現は国際的に評価され、セネガルだけでなくアフリカ映画を語る際の重要な監督となっている。センベーヌ・ウスマンの作品こそはある程度観ているのだが、『Camp de Thiaroye』はなかなか見つけることができなかった。本作はヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞しながらも、VHSバブルな日本でもってすら紹介されなかった作品。特集上映もあった形跡はなく日本未公開となっている。そんな『Camp de Thiaroye』だが、日仏学院で見つけた時、興奮したのであった。

『Camp de Thiaroye』あらすじ

In this semi-autobiographical film, black soldiers help to defend France, but are detained in prison camp before being repatriated home.
訳:この半自伝的な映画では、フランスの防衛に貢献した黒人兵士たちが、帰国を前に捕虜収容所に抑留される様子が描かれています。

IMDbより引用

搾取されるセネガル軍

本作はまず、『ハラ(不能者)』と同じような音楽の使われ方がされているのに注目である。『ハラ(不能者)』の場合、茹だるような暑さを強調するよう叫びのような音楽が何度も繰り返し挿入される。セネガル社会における間延びした時間を表現するこの特徴的な音は観る者を惹き込む力強さがある。この手法が本作でも用いられ、何度も同じような音楽が挿入される中でセネガル軍の日常が描かれる。『ハラ(不能者)』と異なるのは、より直接的な比喩として使われている点である。本作ではPTSDを患う兵士ペイが登場するのだが、彼の中に流れる叫びのようなものを音楽に反映させている。『ハラ(不能者)』における女性たちの呪い以上に分かりやすい。

映画はフランス軍配下のセネガル小隊を軸に語られる。この時代のヨーロッパの映画祭に出品されるアフリカ映画の特徴でもある、欧州で学を修めたインテリアフリカ人とそうでないアフリカ人との関係性をも盛り込みながらもアフリカ人同士の対立よりもフランス人との対立を強調している。同族で争うより、フランスによる構造的搾取に目を向けよと力強く訴えていくのだ。

視覚メディアとしての映画の可能性を信じているセンベーヌ・ウスマンは、有刺鉄線をゆっくりと掴もうとしながら行き場のない人生と向き合おうとするイメージ。フランス軍による横暴とそれに対する反発をわかりやすく表現している。個人的には『ハラ(不能者)』と比べるとわかりやすくし過ぎな印象とそのわかりやすさ故に157分の上映時間の冗長さが引っかかったが、それでもセンベーヌ・ウスマンの重要作であることには変わりないだろう。