苦い涙(2022)
Peter von Kant
監督:フランソワ・オゾン
出演:イザベル・アジャーニ、ドゥニ・メノーシェ、ハンナ・シグラ、ステファン・クレポン、ハリル・ガルビアetc
評価:70点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
実録もの『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』から背中に羽が生えた赤ちゃんを描く『Ricky リッキー』、尊厳死を扱った『すべてうまくいきますように』など多様な作品を発表し続けるフランソワ・オゾン監督。彼の新作は、なんとライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のリメイクであった。一見すると奇妙な巡り合わせのように思えるが、『彼は秘密の女ともだち』や『Summer of 85』と性に関する心理を扱った彼がファスビンダーの同性愛者による心理的パワーゲームに関心を抱くのは必然だったといえよう。『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』とは異なり、男性を中心とした物語となっており、主人公の設定をファッションデザイナーから映画監督に変更している。ドゥニ・メノーシェがライナー・ヴェルナー・ファスビンダーに似ている。今回、試写で観た際に配布された資料に柳下毅一郎氏の寄稿が掲載されていたが、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』はファスビンダーとギュンター・カウフマンの関係を女性に置き換えた戯曲とのこと。つまり、本作はフランソワ・オゾンによるファスビンダー論を描いているのだ。実際に観てみて、その鋭い洞察力に感銘を受けた。
日本公開は6/2(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開
『苦い涙』あらすじ
フランスの名匠フランソワ・オゾンが、ドイツのライナー・ベルナー・ファスビンダー監督が1972年に手がけた「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」を現代風にアレンジし、美青年に恋した映画監督の姿をシニカルかつユーモアたっぷりに描いたドラマ。
恋人と別れたばかりで落ち込んでいた有名映画監督ピーター・フォン・カントのアパルトマンに、親友である大女優シドニーがアミールという青年を連れて訪ねてくる。艶やかな美しさのアミールにすっかり心を奪われたピーターは、彼を自分のアパルトマンに住まわせ、映画界で活躍できるよう手助けするが……。
「ジュリアン」のドゥニ・メノーシェがピーター役で主演を務め、「王妃マルゴ」のイザベル・アジャーニが大女優シドニー、「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」にも出演したハンナ・シグラがピーターの母を演じる。2022年・第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。
フランソワ・オゾンがリメイクする『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』とは?
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは「室内」を用いて心理劇を描く傾向がある。『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』はもちろん、モロッコの移民労働者が中年の未亡人と関係を結ぶ『不安と魂/不安は魂を食いつくす』、『ベルリン・アレクサンダー広場』など室内を作劇の主戦場としていた。フランソワ・オゾンはファスビンダー映画における室内の使い方を強調するために、外からのショットを随所に散りばめている。そして、ファスビンダーがダグラス・サークを好んでいたことを援用するように、室内パートでは時折、現実離れした青の光で空間を包み込むのである。
これにより、「室内」がピーター・フォン・カント(ドゥニ・メノーシェ)の内なる世界であることが分かってくる。支配力の強いピーター・フォン・カントは美少年アミール・ベンサレム(ハリル・ガルビア)に夢中となる。しかし、彼の束縛が強くなればなるほど、彼は離れていく。そして部屋から段々と人がいなくなり、虚像としての映画やポスターが彼を癒すようになる。
スピルバーグは『フェイブルマンズ』において、映画撮影による加害性を描いていた。手のひらに映像を投影する描写でもって、「世界」の支配を象徴させ、それ以降、欲望に従い映画を撮る。しかし、時として家族への復讐として決定的瞬間の再現としての映画を用いたり、無意識的に映像が人を傷つける状況が生まれたりする。『苦い涙』では、自分の要塞としての室内に人を招き入れ、支配しようとするが上手くいかないピーター・フォン・カントがアミール・ベンサレムの映像を再生することで孤独を癒した。これはギュンター・カウフマンはファスビンダーとの完全な恋愛関係にはならず、妻との関係を続けたことに対して、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を作ることで孤独を癒そうとした状況を捉えているのではないだろうか?映画における再現性に注ぎ込まれたファスビンダー監督の葛藤を汲み取った作品として興味深く観たのであった。
日本公開は6/2(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開
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※映画.comより画像引用