『風の電話』心の要石が抜けた。私の痛みは北へと向かわせた。

風の電話(2020)

監督:諏訪敦彦
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、三浦友和、西田敏行、渡辺真起子、山本未來、占部房子、池津祥子、石橋けい、篠原篤etc

評価:100点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

『すずめの戸締まり』が公開されると、『風の電話』ではないか?との指摘が散見された。諏訪敦彦監督作にもかかわらず、何故か公開当時、観逃してしまっていたのでAmazon Prime Videoにてレンタル観賞した。後悔した。劇場公開時に観ておけばよかったと。

『風の電話』あらすじ

「ライオンは今夜死ぬ」の諏訪敦彦監督が、震災で家族を失った少女の再生の旅を描いた人間ドラマ。今は亡き大切な人と思いを繋ぐ電話として、岩手県大槌町に実在する「風の電話」をモチーフに映画化した。8年前の東日本大震災で家族を失い、広島の叔母のもとで暮らす17歳の少女ハル。ある日、叔母が突然倒れ、自分の周りの人が誰もいなくなってしまう不安にかられた彼女は、震災以来一度も帰っていなかった故郷・大槌町へ向かう。豪雨被害にあった広島で年老いた母と暮らす公平や、かつての福島の景色に思いを馳せる今田ら様々な人たちとの交流を通し、ハルは次第に光を取り戻していく。道中で出会った福島の元原発作業員・森尾とともに旅を続けるハルは、「もう一度、話したい」という強い思いに導かれ、故郷にある「風の電話」にたどり着く。主人公ハルを「少女邂逅」のモトーラ世理奈、森尾を西島秀俊が演じる。第70回ベルリン国際映画祭ジェネレーション14プラス部門に出品され、スペシャル・メンション(国際審査員特別賞)を贈られた。

映画.comより引用

心の要石が抜けた。私の痛みは北へと向かわせた。

とある朝、叔母とハル(モトーラ世理奈)が朝食を食べる。叔母が大槌に行く提案をするのだが、うつむきながら拒絶する。震災の痛みを背負っている彼女はまだ、根源と向き合う勇気がない。しかし、心の要石であった叔母が倒れた事で、孤独の荒野に投げ出された彼女は地を這うように大槌を目指す。

本作は、長い時間かけて内なる自己と折り合いをつけていく様をロードムービーに重ねている。ロードムービーというジャンル自体が、目まぐるしく変わる風景や一期一会の出会いを通じて自分を見つめ直す要素を持っている。『風の電話』が素晴らしいのは、ハルの動きを通じて他のロードムービーとは違った世界を魅せてくれるところにある。

ズバリ、彼女はとにかく遅いのだ。

泣きじゃくり、魂が抜けてしまったような彼女は、手を差し伸べてくる人に対しての反応がやたらと遅い。少し粗暴な男の家に招かれた際に、彼女はなかなか車から降りなければ、手も洗わない。質問に全く答えない。観ている方は、男がキレ出すんじゃないかとヒヤヒヤしながら凝視する。しかし、時間をかけて一つ、また一つと発言をしてハル。それに対して過度に踏み込まない。必要最低限の手を差し伸べる。道中登場する人物は、徹底的にこの間合いで対話を行うのだ。また、彼女の行動の遅さは電車に乗り込むアクションにも適用される。発車してしまうギリギリで乗り込むのだ。

このような宙吊りの緊迫感がピンと張り詰めているのだが、突然ユーモアが飛び出し、フッと肩の力が抜けていく場面がある。例えば、妊婦と弟に連れられ、チャーハンを食べる場面で、弟が小ボケをかます。これには思わず笑ってしまった。かと思えば、西島秀俊演じる男が、ケバブ屋に入り、突然、外国人客に話しかける。異様な光景で、緊張感が一気に高まるが、すぐに溶け込む。

この緩急が痛みを癒すための対話の要素を強調していくと言える。

また、この作品ではさりげなく面白い演出が多数散りばめられている。特に優れていたのは、福島の廃墟のような家の玄関に子どもが現れる。ハルの背中に隠れてなかなか全貌は見えない。ようやく見えたと思うと、映画はスローモーションとなり、扉の外側に広がるハルの理想郷へと観客ごと導く。この感傷的な場面に痺れた。

また、空間造形が素晴らしく、襖の奥の空間を使って立体構造を生み出したり、部屋と部屋を斜めに捉え、W字を構築するような撮り方をすることで複雑な奥行きを生み出していて印象的であった。


『すずめの戸締まり』の元ネタかと言われたら、まあ似たような構図はあるがどちらかといえば、『グッバイ、ドン・グリーズ!』だなと思いつつ、この美しく真摯な歩み寄りのドラマに思わず泣いてしまった。

※映画.comより画像引用