『犬王』大衆は盲目なんかじゃない。盲目なのは体制側だ!

犬王(2021)

監督:湯浅政明
出演:アヴちゃん、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊、片山九郎右衛門、谷本健吾、坂口貴信、川口晃平、石田剛太etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

本業もプライベートも多忙を極め、なかなか映画館に行けないのですが、ようやく少し落ち着いてきたので湯浅政明監督新作『犬王』を観てきた。『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』ですらサイケデリックな世界観に変えてしまう異端児・湯浅政明が平家物語を映画化するとはどういうことか?しかもキャラクター原案が松本大洋という。これが面白くないわけがない。実際に観てみるとATG映画を彷彿させる前衛映画であり、日本映画界が失ってしまった和製ミュージカル映画の熱気を取り戻す代物であった。

『犬王』あらすじ

南北朝~室町期に活躍した実在の能楽師・犬王をモデルにした古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」を、「夜明け告げるルーのうた」の湯浅政明監督が映像化した長編ミュージカルアニメ。京の都・近江猿楽の比叡座の家に、1人の子どもが誕生した。その子どもこそが後に民衆を熱狂させる能楽師・犬王だったが、その姿はあまりに奇怪で、大人たちは犬王の全身を衣服で包み、顔には面を被せた。ある日、犬王は盲目の琵琶法師の少年・友魚(ともな)と出会う。世を生き抜くためのビジネスパートナーとして固い友情で結ばれた2人は、互いの才能を開花させてヒット曲を連発。舞台で観客を魅了するようになった犬王は、演じるたびに身体の一部を解き、唯一無二の美を獲得していく。湯浅監督がかつてアニメ化した「ピンポン」の漫画家・松本大洋がキャラクター原案を手がけ、「アイアムアヒーロー」の野木亜紀子が脚本を担当。

映画.comより引用

大衆は盲目なんかじゃない。盲目なのは体制側だ!

水中に眠る刀のせいで父を失い、視界を失った友魚。彼は放浪する中で、琵琶と出会い盲目の琵琶たちの一派で修行をする。そんなある日、町を恐怖に陥れるバケモノと出会う。盲目だからこそ、ソウル・トゥ・ソウルで対話できる友魚。二人は親密になり、音楽の神が降りてくる。そしてライブを敢行。次第に民衆の心を掴んでいくが、それを良いと思っていない体制派の影が忍び寄る。


『鴛鴦歌合戦』や『ジャズ大名』などとかつて和製ミュージカルは時代劇でありながら洋楽の旋律を積極的に取り入れた斬新なパフォーマンスを魅せていた。それは最近の日本映画ではあまり観られないものであったが、その熱気を『犬王』は宿していた。なんといっても、友魚たちがパフォーマンスをする場面で、その場に存在しないギターやドラムの音色が奏でられるのだ。しかも犬王は時に高音でオペラを語り始める。そのため、苦手な人は拒絶反応を示すであろうあまりの違和感に。

しかし、これこそが重要な要素である。盲目の琵琶法師たちは、あまりに斬新なパフォーマンスにブツクサ文句を言うが、そんな彼らはパフォーマンスを何も見ていない盲目なのだ。実際に、犬王のパフォーマンスは民衆の心を掴み、『ワイルド・スタイル』のように自然と民衆から踊りの文化を生み出していく。民衆はこの程度のパフォーマンスで十分だろうという傲慢さ、伝統に縛られたところから文化は生まれない。そこを超えたところ、それも自分が歌う理由、この場合見えてしまう亡き者の物語を伝える使命の下で歌い、踊り狂うことで、人々の心を揺さぶり動かすのだ。

「パリピ孔明」で主人公EIKOが収録スタジオにいるミュージシャンに、「歌はうまいけれど、君が見えてこない」と言われる場面がある。なぜ自分が歌わなければならないのか?これは個性に繋がり、人々を魅了する要因となる。歌う理由と歌の熱気が強固に結びついた時、醜さは個性として称賛に変わる。実際に犬王が、バイブスを上げると、異様な身体はどんどん人間になっていくのだ。一方で、この身体的変幻は、体制に取り込まれていく様子のメタファーといえる。有名になればなるほど、冒険ができなくなってくる。

この映画のあっけないクライマックスは、体制派に抵抗し民衆を味方につけることに成功するものの、結局巨大な権力を前に無力である様を象徴しているのだ。そう考えると、なんて辛辣な悲劇なんだろうと思う。スペクタクルを優先するあまり、敵対するべき存在は勝手に消滅し、友魚、犬王の心理的葛藤もかなり省略され勢いで駆け抜けていく。でもこの壊れた脚本すら、魅力に感じてしまうカルト映画になりゆる存在と言えよう。

P.S.『犬王』に津田健次郎が出ているのだが、「ふぅん」が完全に海馬瀬人の「ふぅん」でツボだったことを報告します。

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※映画.comより画像引用