『あなたの微笑み』「天才(ですから)」と心で叫び東奔西走

あなたの微笑み(2022)

監督:リム・カーワイ
出演:渡辺紘文、平山ひかる、尚玄、田中泰延、矢田部吉彦etc

評価:85点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

プールサイドマン』で東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞を受賞した渡辺紘文を主演にしたロードムービー『あなたの微笑み』が公開された。本作には、元東京国際映画祭の作品選定を担当し、彼の作品を評価していた矢田部吉彦が出演しているということだったので、ビビッと面白い作品に違いないと思った。シアター・イメージフォーラムにて観てきた。

『あなたの微笑み』あらすじ

「COME & GO カム・アンド・ゴー」のリム・カーワイ監督が映画監督の渡辺紘文を主演に迎え、不器用で憎めない映画監督がインディーズ映画界の底辺で自身と向き合う姿を描いたロードムービー。

地元・栃木で映画制作集団「大田原愚豚舎」を旗揚げし、東京国際映画祭でも受賞歴を持つ渡辺紘文。しかし大手映画会社から依頼が来ることもなく、今では脚本も書けずにいた。そんなある日、旧知のプロデューサーから沖縄での映画制作を打診された渡辺は意気揚々と現地へ向かうが、“社長”と呼ばれる男に無理難題を押し付けられた挙句に追い出されてしまう。自分の映画を上映してくれる劇場を求めて日本各地のミニシアターを訪ね歩く旅に出た渡辺は、道中で出会った不思議な少女に導かれていく。

渡辺を翻弄する“社長”役に「義足のボクサー GENSAN PUNCH」の尚玄。

映画.comより引用

「天才(ですから)」と心で叫び東奔西走

「天才」と文字が大きく印刷されており、その横に小さく「ですから」と書かれている絶妙に小物感溢れるTシャツを着た男がいる。窓を開けて歌う人に怒りを投げつけるも、自分が爆音でギターを弾き鳴らし怒られる矛盾に対し、キレ切れてない怒りを投げつける。彼は単なるイキり男なのだろうか?彼は「渡辺紘文」だ。東京国際映画祭の常連で、『プールサイドマン』で作品賞を、『叫び声』で監督賞を受賞している実績ある男だ。しかし、前衛的な作風からか、大手映画会社からは一切オファーがないし、世間からの認知も低い。映画監督としてどう生きるか悶々としながら毎日を送っている。

いわゆる監督スランプものである。彼が蘭栽培の映画を作ろうとしているところから、スパイク・ジョーンズ『アダプテーション』を引用していることが分かる。蘭栽培の映画の脚本に行き詰まった彼が、思わぬ撮影のために沖縄へ行き、そこから自作の上映をしてもらうためにミニシアターを巡る。その先々で女のイメージが脳裏をチラつく。『アダプテーション』自体がスパイク・ジョーンズやチャーリー・カウフマンの映画作家としての葛藤や渇望を投影した作品なのだが、骨格レベルで合わせ込んでいるところに驚かされる。

さて、本作は全編オフビートな笑いやヒリヒリする会話によって人間を描いている。2点注目したい場所があった。

1つ目は、矢田部吉彦との雑談の場面。渡辺紘文は映画祭で賞を獲っても大手からの仕事が舞い込んで来ないことに苦悩している。矢田部吉彦は2021年度の東京国際映画祭から作品選定に携わらなくなり人生を模索している。そんな二人が会話をするのだが、かつての看板が苦味となって、相手の思惑を探るように言葉を放つ。この生々しさたるや!渡辺紘文が虚栄心から、東宝から仕事をもらっていて悩んでいると語る。すると矢田部吉彦が、いいじゃないですかと反応する。そして、これはチャンスだと、彼にプロデュースしてもらおうと渡辺氏は歩み寄る。てっきり、東宝の案件のプロデュースの依頼かと思っていると、面白くなるか微妙な蘭栽培映画の方と知り落胆するも、それを悟られないようにケーキへと手を伸ばす。この苦味を押し殺しながらケーキへ手を伸ばす矢田部吉彦の演技が迫真であった。

2つ目は、渡辺紘文が自作紹介する場面。行く先々で、彼は「どんな映画を作っているの?」と訊かれる。しかし、その返しがどれも上手くない。いい意味で。顕著なのは、風俗店の女から「どんな映画を作っているの?」と訊かれる場面である。ここで彼は「自主映画を作っている。」と言ってしまうのだ。これは全くもって相手の期待する答えになっていない。どんな映画かが分からないからだ。会話の潤滑油、会話の引き出しを開けるための質問なので、ここでの正解はラブストーリー、ホラーといったジャンルだと思われる。ただ、極詩的アート映画を作っている彼にとって作品の説明が難しく、悩んだ挙句発せられるのが伝わらないジャンルなのである。このヒリついた会話は、このゆるいコメディのスパイスとして機能しているといえる。

東京国際映画祭の文脈ありな笑いも少なくないため、観る人を選ぶ作品ではあるが、ミニシアターの実情や自主映画界隈の苦悩をユーモアに包んで軽妙に語る本作は新鮮で面白いものがあった。

※映画.comより画像引用

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