キャットフィッシュ(2010)
Catfish
監督:アリエル・シュルマン、ヘンリー・ジュースト
評価:75点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
VTuber動画における独特な距離感は私の関心である。『her/世界でひとつの彼女』でディスプレイ越しに虚構と親密な関係になる物語を知っているだけに、油断して動画を観ていると、映画やアニメを観ている時に感じたことのない「すぐそばにある関係性」が呼び起こされることがある。それもASMR動画でも生配信でチャットにすら参加することもなく、アーカイブで観てもまるで同じクラスの女の子が昼休みに語りかけてくるような距離感を抱くことがあるのだ。この感覚を踏まえると、VTuberは「虚構」とは言えず「現実」だと認知せざるを得ない。さて、この距離感に興味を抱く中で映画評論家の町山智浩が昔にラジオで語っていたドキュメンタリーを思い出した。それが『キャットフィッシュ』である。インターネットでセクシー女優のアカウントで迫り騙す行為はよく観られるが、それを行う人の心理はどうなっているのかを調査した作品であり、テレビシリーズ化もされている。本作は日本未公開ながらも、知名度は高く観た人の評判も良い。ということで私も観てみました。
『キャットフィッシュ』あらすじ
Young filmmakers document their colleague’s budding online friendship with a young woman and her family which leads to an unexpected series of discoveries.
訳:若い映像作家たちが、同僚の若い女性とその家族とのネット上での友情の芽生えを記録し、それが思いがけない発見の連続につながる。
居場所のない私は他者の断片を纏い親密な関係を結ばねばならない
写真家のネヴ・シュルマンは8歳の天才画家アビーとやり取りをしている。写真を送ると絵にしてくれるのだ。Facebookで繋がり、関係は姉メーガンにまで発展してくる。ネヴはメーガンに夢中になる。監督であるアリエル・シュルマン、ヘンリー・ジューストは、怪しいと思いつつ彼を撮ることにした。やがて、音楽ファイルが送られてくるのだが、それがどうもおかしい。YouTubeに落ちている音楽なのだ。カバーではなく、別の人が歌った曲を送ってきたのだ。これはどう言うことだと、調査を開始。実際にミシガン州の地方都市に住むメーガンに会いに行く。すると写真とは違う女性が待っていた。
本作は、なりすましの正体を暴くことが目的化していないところが興味深い。地方都市で、行き場もなくコンプレックスを抱えている女性が、ネットで拾った写真を使うことで簡単に他者と繋がることができる。現実では他者と親密な関係になりありのままを話せなくても、インターネットではなりたい自分になれる。その微かな快楽で生きていることが分かるのだ。
「メタバース進化論」で、肉体や物理法則を自分で操ることで現実の制約から解放されると書いてあった。メタバース以前の世界ではインターネットに落ちている他者の断片で現実から解放される動きがあったことが分かる。VTuberにおける親密な関係性が生み出されやすい土壌もそうだろう。仮想空間に生み出した肉体に、あるのままの自分を流し込む。リスナーは、その魂に直接触れているから親密に感じるのではないだろうか。試しに雑談配信を睡眠時に聴いてみるとそれがよく分かる。可愛らしい女性の画がなくとも、その対話になっている雑談はまるで友人以上になっていないと聞けないような深い次元の会話になっていることでしょう。恐らく、これは現実におけるアイドルの握手会に行く感覚とも違うものがある。
映画に戻ると、ネヴ・シュルマンの目つきが面白い。何かに熱中すると周囲に対して盲目になることがあるだろう。まさしく彼の目つきはそれで、オンラインでしか関わっていないのに、まるで親友以上の関係であるかのように振る舞い。明らかに怪しい出来事もポジティブに捉えようとする。カメラは騙されているなと思いながら、キラキラした彼の目を撮り続ける。この熱の差はドキュメンタリーを味わい深いものにさせている。
10年以上前のドキュメンタリーだから今更劇場公開するのは難しいが、U-NEXTとかAmazon Prime Videoで配信してほしいなと思う作品でした。
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※MUBIより画像引用