【アカデミー賞】『ブータン 山の教室』シティ・ボーイは辺境で何を見たのか?

ブータン 山の教室(2019)
Lunana: A Yak in the Classroom

監督:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザムetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第94回アカデミー賞国際長編映画賞。最有力候補のアスガー・ファルハディ『英雄の証明』がまさかの落選した代わりにブータンから初歴代ノミネート『ブータン 山の教室』が選出された。今回のアカデミー賞国際長編映画賞はショートリストの段階からパナマ映画『Plaza Catedral』、コソボ映画『HIVE』と珍しい国からの選出が目立っていた。今回は、ブータンがノミネートまで進出した。Twitterでは本作のノミネートを喜ぶ声が相次いだ。昨年末に、映画関係の集まりで本作を年間ベストに選んでいる方がいて気になっていたのでAmazon Prime Videoで観てみました。

『ブータン 山の教室』あらすじ

ヒマラヤ山脈の標高4800メートルにある実在の村ルナナを舞台に、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画。ミュージシャンを夢見る若い教師ウゲンは、ブータンで最も僻地にあるルナナ村の学校へ赴任するよう言い渡される。1週間以上かけてたどり着いた村には、「勉強したい」と先生の到着を心待ちにする子どもたちがいた。ウゲンは電気もトイレットペーパーもない土地での生活に戸惑いながらも、村の人々と過ごすうちに自分の居場所を見いだしていく。本作が初メガホンとなるブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督が、村人たちのシンプルながらも尊い暮らしを美しい映像で描き、本当の幸せとは何かを問いかける。第94回アカデミーでブータン映画史上初となる国際長編映画賞ノミネートを果たした。

映画.comより引用

シティ・ボーイは辺境で何を見たのか?

正直油断していた。本作は予告編を観る限り、学校教師が電気もないような辺境で自分の人生を見つめ直すよくある作品に見えたからだ。良い映画だと思うが、安易に「辺境は大変だ。俺が残ってどうにかする。」とシティ・ボーイの傲慢さが滲み出る作品になっていそうな気がした。しかし、蓋を開けてみるとそのような安易さを徹底的に排除した作品であった。まず重要なのは、本作は30分位かけて辺境に行く過程を描いている。

教員になることを諦め、オーストラリアで夢を掴むことで頭いっぱいな青年ウゲン(シェラップ・ドルジ)。彼は、指令を受けて仕方なく辺境ルナナ村に行くこととなる。これさえ終わればオーストラリアへ行ける。口うるさい家族からも解放されると。彼の旅が始まる。彼がすぐに帰らないよう、ガイドは「すぐつきますよ」と言うが、3時間山を登り続ける羽目となる。もう折り返せない。自国文化をダサいと考えている彼は、常にヘッドホンをして洋楽を聴いており、食事中もスマホをいじって、ささやかな歓待を拒絶する。しかし、誰もそれに対して怒らない。他者への干渉はとことん回避し、ルナナ村に教育がもたらされることだけを求めているのだ。

無礼なこの青年も、過酷な道中の中で段々と文化が内に入り込んでいく。寒いのに靴を履かない老人から放たれる「お金がないからね」という言葉は、過酷な旅をしてきたウゲンにとって強烈な言葉となっており、その老人の足元に割って入るように映る子どもの長靴を見て、「子どもの靴を買うので精一杯なのか」と哀れみの目を向ける。スマホの電池が切れ、ようやく自然を目にする。そこには地球温暖化の魔の手が迫っている様子がわかる。でもルナナ村の人にとって、その変化は神の変化としてしか認識できていない。心揺さぶられるも、黒板もなければ電気もまともに通っていない、便所は汚れている。そんな空間から一刻も早く脱出しようと帰る宣言をする。そんな酷い行いを村長は受け入れる。

さて迎えが来るまでの間、授業をしなくてはならない。黒板もないような空間で、自己紹介をさせる。歌手になりたい女の子が歌う。それは味わい深いものだった。先生になりたい男の子がいる。彼は「先生は未来を知ることができる」と語る。素朴ながら奥深いこの村で、美しいヤクの歌を聴き、自分が井の中の蛙だと思い知り、冬まで残ろうとするのだ。

ここまで来ると、通常の映画であれば最終的に村に残り専属の先生となるだろう。それをさせないところにこの映画の良さがある。映画というフィクションでそれをやるのは偽善に見えるからだ。社会が抱える大きな問題をそう簡単に一人が背負うことはできないのだ。その代わり、問題に直面した者の心には残る。ゆえに、最後のシーンでウゲンが取る行動がジーンと心に響き涙が出てくるのだ。

本作は、シンプルな短期滞在映画でありながらもそこで体験したことが心にいつまでも残る様子を綴った大傑作であった。

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※映画.comより画像引用