『ちょっと思い出しただけ』ガッツリ思い出したよコロナ前の生活を

ちょっと思い出しただけ(2021)

監督:松居大悟
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政、尾崎世界観、渋川清彦、松浦祐也、篠原篤、安斉かれんetc

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

アイスと雨音』、『君が君で君だ』と変化球映画を放つ鬼才・松居大悟最新作『ちょっと思い出しただけ』を映画仲間からリクエスト頂いたので観てみた。全くストーリーを調べずに観たのですが、これがかなり面白い作品であった。

『ちょっと思い出しただけ』あらすじ

「バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画をつくったら」「くれなずめ」など意欲的な作品を手がけ続けている松居大悟監督のオリジナル脚本を、池松壮亮と伊藤沙莉の主演で映画化。ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げる、ジム・ジャームッシュ監督の代表作のひとつ「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て書き上げた新曲「Night on the Planet」に触発された松居監督が執筆した、初めてのオリジナルのラブストーリー。怪我でダンサーの道を諦めた照生とタクシードライバーの葉を軸に、様々な登場人物たちとの会話を通じて都会の夜に無数に輝く人生の機微を、繊細かつユーモラスに描く。2021年・第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞。

映画.comより引用

ガッツリ思い出したよコロナ前の生活を

タクシーを運転する若い女性(伊藤沙莉)。コロナ禍に入り、0時を超えると全く客が乗ってこない。羽振りの良い自分と同じ年くらいの女性に話を聞くと、精神が不安定らしく睡眠薬で自殺しようとした話を聞かされ、なだめる。日中、彼女はタクシーの中で客を待つ。うだるような暑さ、バブル崩壊頃の行き場のないような照りつく陽光の先に、おっさんドライバーがダラダラと会話している。そんな彼女の生活を繋げるように、日本のどこかで池松壮亮演じる男がジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観ている。本作は、直球でジム・ジャームッシュをやろうとする危険な賭けに出る。後から知ったのだが、本作はクリープハイプの曲「Night on the Planet」をベースにした話であり、ジャームッシュに寄せるのは当然だが、ド直球すぎないかと不安に抱くこと1時間。段々と世界観が分かっていくにつれ、松居大悟の鋭い演出に涙がこぼれていく。

伊藤沙莉と池松壮亮の生活を交互に淡々と描いていく。あれっマスクをしていないぞと思うと、タイトルで宣言されていたことに気づかされる。つまり思い出す映画なのだ。二人の過去が断片的に遡っていく。その中で、公園にいる謎の男や、池松壮亮が何故舞台の裏方をしているのかが分かっていく。と同時に、繋がっていないような二人が強固に結びついていた時期が見えてくる。

本作で描かれる恋愛は、よくある話であり映画のようなドラマティックさはない。しかし、松居大悟は時間を逆回転させることにより観客に見える/見えないを意識させ、興味を持続させる。また会話の間を通じた面白さを引き出すことにも長けており、居酒屋の外で粘着質な男に絡まれLINE交換させられる場面の、着実に逃げ道を防がれるいやらしさや國村隼が営むバーの心地よい感覚。そして何よりも、静かな夜がもたらす感傷的で、何かロマンティックなことが起こりそうな空気感がたまらない。

雰囲気映画でありながらも、もう戻れないコロナ前の輝けるある瞬間の連続体に終盤は号泣したし、ラストショットの複数の空の色彩が窓や鏡を通じて表現されるところには痺れた。『偶然と想像』もそうだが、日本はいつの間にかジム・ジャームッシュやホン・サンスを自分の技術として取り込む技術が確立されているようでこれは凄いことだと思った。

※映画.comより画像引用