【ネタバレ考察】『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』モルカーボールという名の発明※3D版観賞レポート

とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー(2021)

監督:見里朝希

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ここ数年、SNSでの口コミの拡散力が良い意味でも悪い意味でも壮絶だ。『カメラを止めるな!』が劇場公開館数2館からTwitterでの口コミきっかけでTOHOシネマズにまで拡大公開が決まり、それは世界にまで発展した。「100日後に死ぬワニ」もあっという間に身近で知らない人はいないほどにまで拡散した。今は、「チェンソーマン」の藤本タツキ新作短編「ルックバック」が凄まじい勢いで拡散し、もうすでに鎮火の傾向にある。流行の高速で広がり、高速で終わる。そして時期が過ぎると『100日間生きたワニ』のように批判の声が大きくなる。恐ろしい時代である。そんな中、「モルカー」は超絶技巧のマーケティング戦略で、まさかまさかの映画化にまで漕ぎ着けた。『100日間生きたワニ』の興行が伸び悩んだのに比べ、こちらは2日前から4D上映は満席になる程の大盛況で、今回私が訪れたTOHOシネマズ上野も満席または座席数残り僅かとなる程の大人気っぷりであった。ストップモーションアニメ全12話を映画館で上映するたった30分ぐらいの作品。それだけなら、そこまでヒットしなかっただろう。だが、どうしてここまで大人気になれたのか?私は映画館で、その新しい興行スタイルに触れて確認してきました。今回は、「モルカー」の内容よりかは興行スタイルのユニークさを中心に語っていこうと思います。一応、後半で各エピソードの感想を書いていこうと思います。短編故、ネタバレ記事とします。

『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』概要

2021年1~3月に放送・配信され、SNSを中心に話題を集めたストップモーションアニメ「PUI PUI モルカー」を劇場公開。モルモットが車になった世界を舞台に、モルモットと車が合体した“モルカー”たちの活躍を描き、テレビ東京系の幼児向け番組「きんだーてれい」内のショートアニメ(1話約3分)として放送された「PUI PUI モルカー」。羊毛フェルトでつくられたモルカーたちの質感や豊かな表情、かわいらしい仕草や鳴き声などで、子どもはもとより大人にも人気を博した全12話の同作を、映画館ならではの3D&MX4Dで一挙上映する(一部では2D上映)。

映画.comより引用

モルカーボールという名の発明

Netflix等のサブスクリプションサービスが登場し、映画が気楽にどこでも観られるようになった時代。映画館は「体験価値」の創造が求められてきた。2010年代はその模索の時期であり、『アバター』を筆頭に再び流行の兆しを魅せた3D。字幕の色を黄色にしたり、『レディ・プレイヤー1』では仮想世界と現実パートで3Dの深みを変更したりし、没入感を阻害しないような工夫が施されてきた。また、座席を揺らす4Dの導入も様々な実験が行われ、日本では『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』という一見4D上映に意味をなさないような医療映画においてガッキーこと新垣結衣が走ると座席が揺れる演出でもって観客がガッキーと共に医療現場で奮闘する擬似体験ができることを発見した。

また、2015年『マッドマックス 怒りのデス・ロード』あたりから、応援上映が流行し、観客がコスプレをしたりして映画の世界に没入するイベントスタイルの興行が一般的なものとなった。映画館に一回性の面白さが持ち込まれた瞬間であった。

しかしながら、伝説の映画興行者ウィリアム・キャッスルのことを知ると、物流やテクノロジーが発展した今ならもっと色んなことができると思っている。ウィリアム・キャッスルは映画の外側を盛り上げることで映画の魅力を増幅させた。『13ゴースト』では赤と青の3Dメガネを用意し、必要に応じてメガネを選んでかける。赤い方のメガネをかけると幽霊が現れ、青い方をかけると幽霊が消える仕組みとなっており、観客に恐怖体験を選択させるギミックを取り込んだ。『ティングラー/背すじに潜む恐怖』では、座席の一部に電流を走らせ恐怖を与えた。『Mr. Sardonicus』では、観客に投票用紙を配り、サルドニクス男爵に罰を与えるかどうかを観客に決めさせた。投票用紙には蛍光塗料が塗ってあり、暗闇でも投票内容が分かるようになっており、スクリーンから第四の壁を破って投票を促し、観客は投票用紙を掲げて男爵の命運を決める大役を担った。無論、当時の技術もあるので実際にはハッタリであり、この映画の結末は1つしか用意されてなかったとのこと。そんなウィリアム・キャッスルに惚れ込んだ、ジョン・ウォーターズは『ポリエステル』でオドラマカードと呼ばれる臭いカードを観客に配布し、映画のメッセージと共に、臭いカードを嗅ぐシステムを考案した。これは後にロバート・ロドリゲスが『スパイキッズ4:ワールドタイム・ミッション』で継承している。

こうした動きを観ると、応援上映にもまだ伸び代があるなと思っていた。しまじろうの映画ではメガホンを配り応援上映の可能性を引き伸ばしていたように見えるが、大人が観るような映画でその域に達している映画は少ないように感じだ。

さて、閑話休題。「モルカー」である。新型コロナウイルスの蔓延で声を出しての応援が非常に難しくなり、慎重に慎重を重ねた形で『ストップ・メイキング・センス』スタンディング強制上映が決定したものの、すっかりこの手の上映は尻すぼみとなってしまったように見えたが、「とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー」は新しいアイデアで乗り切った。それはモルカーボールという概念である。

劇場に行くと、モルカーのボールがもらえる。全3種類、それも1週目と2週目では内容が違う。日本が得意とする入場者特典商法である。だが、そこで配布される代物は劇中で使用することができる。PUI!となる音を通じて、観客は推しのモルカーを応援することができるのです。声を出さずに、ライブ感を出せる。劇場によっては、ワイルドスピードの予告編でドウェイン・ジョンソンが「日本の皆さんこんにちわ」と言う場面でPUI PUIとバイブスが上がっていたらしい。私の観た回では、TOHOシネマズのキャラクター、ミニゴジラがポップコーンをぶちまける場面でPUI PUIとバイブスを上げていた。この一回性の体験は映画を魅力的にさせる。それに、この上映スタイルはサイレント映画に限りなく近いモルカーだからできたことでもある。セリフのある映画の場合、音の出るボールはノイズとなり、観客によっては不快感を抱くでしょう。誰しもが活弁士となって、サイレント映画であるモルカーに音の色彩をつけていく。その主体的アクションも加わり満足感を底上げしていると言える。

そして、本作は3Dだ。残念ながら4D上映はチケット取れなかったので、3Dにした。ストップモーションアニメを3Dにする意味はあるのだろうか?誰もが思う事でしょう。だが、制作しているのはあのシンエイ動画だ。かつて初の3DCGアニメとして『劇場版3D あたしンち 情熱のちょ〜超能力♪ 母大暴走!』を作り、ミカンが坂から雪崩落ちる、日常のハプニングの3D表現に全力を注いだあのシンエイ動画である。彼らはあれから10年、Twitterでバズり、急遽映画化することに決まったであろう状況に対して、さりげない3Dへの没入の可能性を即座に導き出した。

モルカーのフワフワした質感。手作りジオラマの没入は、我々がまるでモルカーの世界の住人であることを思い出させてくれるようだ。ファミレス前で灼熱モルカーに猫が閉じ込められる回の蜃気楼描写は、細かくレイヤーが調整され、現実に近い蜃気楼、スクリーンの外側にまで気温35度の世界が押し寄せてくる本気さが垣間見える。大スクリーンで巨大になって現れるモルカーの珍事。そして人間は小さい。そして観客である我々も小さい。3Dにより、モルカーの世界と現実との距離感が近くなることによって、スマホで観る時よりもモルカーと一体化しやすくなるのだ。そして、会場ではモルカーたちが駆けるとPUI PUI木霊する。応援上映に劣らない熱気がスクリーンを包み込むのです。アニメを12話流すだけのもので、追加エピソードもないのですが、満足感は正直『100日間生きたワニ』を遥かに超えるモノがあったし、観客は3Dの絶妙な拘りに思わず愛したくなる作品であろう。たった34分でここまで興奮させる映画は珍しいと感じたのであった。

では、ここからは各エピソードについて感想を書いていこう。

1.渋滞は誰のせい?

この手のシリーズは第1話が重要だ。いかにして世界観を伝えるかに命をかけるべきだ。そしてその点で、この輝かしい1話は格別のものとなっている。モルモットの車モルカーがPUI PUIと歩く。そこには渋滞している。画はモルカーの内部へと移る。そこは実写写真を切り貼りした人間が登場する。虚構の中に突如現れるリアル。ヤン・シュヴァンクマイエルが得意とするトリッキーなユーモアをものとして見里朝希はこの世界に取り込んでいる。人間の生々しいフラストレーションの顔とモルカーの緩い顔の対比がクセになる。そして、よく作品を観ると、スマホをいじっていて信号が青になっても進まないDJモルカーが渋滞の原因を作っているという社会派な内容だ。それをモルモットの特性を使い、モルカーの上を歩くことで渋滞から脱出する。モルモットと車の特性を熟知した脚本になっており秀逸であった。

2.銀行強盗をつかまえろ!

銀行強盗がシロモを強奪し、逃げる回。銀行強盗がシートベルトをするところを強調しているのだが、これはストップモーションアニメだから許される笑いだろう。「僕とロボコ」におけるポリティカル・コレクトネスへの配慮もそうだが、非常にテクニックが要求されるところだ。銀行強盗のイキリ具合を冒頭にしっかり見せる。銀行から出たところでドヤ顔する危機感のなさを描写するからこそ、シロモの中でシートベルトすることに説得力がある。本当の悪にはなれない感じが漂っているからだ。そして、モルモットの特性がここでも活かされ、糞として札束が道路にぶちまけられるところは痛快である。

3.ネコ救出大作戦

小動物にとって、猫は天敵だ。一方で我々は、トムとジェリーを知っているので、ネズミがネコを惑わす物語に愛着がある。さて、モルカーの場合はどうか?猫は人間と同様の扱いなので極小である。モルカーの中に取り残された猫が灼熱の車内によって干からびそうになっている。最初、車内を覗き込むモルカーは、猫をみて恐怖する。当のアビーは、誰も助けてくれない孤独な中で、うちに抱えた暴力、不安、恐怖と対峙しなければならないのだ。内なる世界にある闇と現実でのアクションの差異は、我々が内秘めたものを無理矢理消化している動きに近いものを感じ、人間心理の外部化した作品と捉えると一番の傑作なのではと感じた。

4.むしゃむしゃおそうじ

ゴミのポイ捨てに関するエクスプロイテーション映画。ゴミのポイ捨てを行う不届き者の因果応報を、ゴミを食べてゲリラゲリに悩まされるテディのトイレパニック映画として描いているのが清々しい。ポイ捨てする者が、テディの排泄物として廃棄されるところにニヤリとさせられる。

5.プイプイレーシング

監督の個性が炸裂し始める脂の乗った頃の作品。マリオカートを彷彿とさせる、レースの中に幾重にもユーモアを詰め込む。パワー人参を食べて急加速したテディが壁に突き刺さり、アビーの方はジェットエンジンが暴発したり、パワーニンジンが奪われてションボリするが、何故か一等賞になる。眼前の小さなパワーニンジンに取り憑かれる者はゴールするともらえる大きな宝にたどり着けないストーリーも面白い。

それにしてもアビーがニンジンを奪われるシーンはネットに拡散されたバズ動画が元ネタらしいが、ゴダールは既に『イメージの本』で少女のネット上の動画を使って、リュミエール兄弟『ラ・シオタ駅への列車の到着』の考察を行なっていた。オマージュはネット動画も対象になることを提示していて、彼は彼で老年になっても鋭く現代を観ているなと思った。

6.ゾンビとランチ

監督のクセの強さが炸裂した回。ゾンビに追われるモルカーたち。テディが武装したことで、追われる者から追う者に変わる。そこにハンバーガーモルカーが登場し、綱引きとなる。ゾンビは肉を、モルカーはサラダを取り、ゾンビとの共存が実現しましためでたしめでたしかと思いきや、シロモがゾンビに噛まれる。

秀逸なのは、ゾンビになったシロモが突然肉を食い始めるところだ。アクションでもって恐怖を表現していて、お見事!と心の中で拍手しました。

7.どっきり?スッキリ!

冒険モルカー回。汚いモルカーを洗おうと、工夫する回なのだが、洗車マシーンが、ガソリンスタンドにあるものではなく『マングラー』の機械を意識しているところが面白い。最近、流行る作品は「ルックバック」における『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を引用しているように、異なる文化から引用する傾向がある。モルカーの場合、映画ネタがイースターエッグとして散りばめられており、劇中に登場するポスターが『バンブルビー』だったりして映画ファンを取り込む形となっている。本作の場合、ベースは『インディ・ジョーンズ』、隠し味に『マングラー』だろう。そして、単にパロディ/オマージュで留まることなく、汚い冒険モルカーが後光差し込むイケメンモルカーにビフォーアフターする意外な着地をしているところに好感が持てる。

8.モルミッション

スパイもの。監督はサメ映画が好きらしく、メカシャークとモルカーがバトルする場面では、ストップアニメーションにもかかわらず長回しで、爆破するヘリコプターからモルカー挟んでメカシャークを魅せたり、メカシャークの凶悪な熱線に力を入れていたりして楽しい。

9.すべってサプライズ

Netflixの「リラックマとカオルさん」における雪だるま回と同義。つまり、子ども向けから大人のもになりかけたモルカーの話を一旦、子どもに向けて冷却させた回。ツルツル滑る道路を滑りながら盛り上がる人間とモルカーに癒される回。ギミックは少ないが、一度冷静にさせてくれる良回だ。

10.ヒーローになりたい

「すべってサプライズ」で十分毒を抜いたので、こちらでは猛毒の回を展開している。痛車モルカーが恥じらいから陰日向で蹲っていると、猫の修羅場を目撃する。本作では本格的な魔法少女変身シーンが挿入されていて、なりたい自分になれなかったアビーが、憧れのヒーローになる瞬間を描いている。アビーは他の回で、例えばレース会場でロケットエンジンを暴発させていたり可哀想な境遇なだけに、この報われた作品に胸が熱くなります。

11.タイムモルカー

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』オマージュ回。モルカーの先祖として実写のモルモット・つむぎちゃんが登場する。人間の切り貼り以上に、実写属性の強いモルモットとモルカー、人間のマリアージュが映画ファンへのリップサービスに留まらない物語を紡いでいる。

12.Let’s!モルカーパーティー!

最終話らしく、モルカー全員集合回。人間が寝ている間にモルカーたちがどこまで暴れられるかの限界に迫った作品で、人間が暴れ回っているモルカーたちの間にいることでバレるかバレないかサスペンスとしての魅力を引き立てます。モルカーファンからしたら、推しのモルカーを一挙に拝める有終の美のような作品として満足することでしょう。

最後に

見里朝希はとても面白い監督なので、今後も注目していこうと思います。『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』は2021年下半期トップクラスに盛り上がった映画と言えよう。

※映画.comより画像引用