『クリシャ』クリシェのクリシャ

クリシャ(2015)
Krisha

監督:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:クリシャ・フェアチャイルド、アレックス・ドブレンコ、ロビン・フェアチャイルド、クリス・ドゥベックetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

A24ファミリーの一人トレイ・エドワード・シュルツの衝撃の長編デビュー作『クリシャ』が2度の公開延期を経て、遂に日本に凱旋する。本作は、2014年に制作された同名の短編がSXSWにて審査員特別表彰撮影賞を受賞し長編化されたもの。第68回カンヌ国際映画祭国際批評家週間で上映された他、ジョン・ウォーターズ2016年の年間ベストにて1位に選出される快挙を成し遂げた。トレイ・エドワード・シュルツはスリラー、ホラー、ヒューマンドラマと作風が毎回変わる一方で、その芯は一貫しており限定された空間における人間心理をジッと見つめている。そんな彼の原点を今回、Gucchi’s Free School(@gucchi_school)のご好意で一足早く観させていただきました。

本来であれば、2020年4月17日に公開だったものの新型コロナウイルスの蔓延で延期となり、7月17日公開を目指していたもののアップリンクさんのハラスメント問題が発覚し、1年越しの上映2021年4月17(土)ユーロスペース公開となった。『WAVES/ウェイブス』公開と併せてトレイ・エドワード・シュルツ監督の世界を堪能できることが叶わなかったため、中々とっつきにくい作品となっておりますが、大傑作だったので私が少し補助線を引いてみることにします。参考になればと思います。

ジョン・ウォーターズ
映画ベストテン2016

1.クリシャ(トレイ・エドワード・シュルツ)
2.くすぐり(デビッド・ファリアー&ディラン・リーブ)
3.エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に(リチャード・リンクレイター)
4.ロアーズ(ノエル・マーシャル)
5.トッド・ソロンズの子犬物語(トッド・ソロンズ)
6.ELLE エル(ポール・バーホーベン)
7.ジュリエッタ(ペドロ・アルモドバル)
8.Like Cattle Towards Glow(デニス・クーパー&ザック・ファーレイ)
9.愛と死の谷(ギョーム・ニクルー)
10.静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(テレンス・デイビス)

※他の年のベストはnote記事「ジョン・ウォーターズ映画ベストテン2000-2020」にまとめました。

『クリシャ』あらすじ

「WAVES ウェイブス」「イット・カムズ・アット・ナイト」で注目を集める新鋭トレイ・エドワード・シュルツ監督が、2015年に手がけた長編デビュー作。SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)映画祭の短編コンペティション部門で撮影賞を受賞した、14年製作の同名短編映画の長編化で、シュルツ監督の実の叔母と親族との軋轢や、薬物・アルコール依存症だった父親とのエピソードなど、監督自身の体験をもとに描いた家族ドラマ。主人公のクリシャをはじめ監督の親族が出演し、監督自身もクリシャの息子トレイ役で出演している。親族から疎まれているクリシャが感謝祭に参加すべく、かつて捨てた家族のもとに戻ってくる。そこには一族が顔をそろえており、過去を悔いているクリシャは自分が変わったことを証明しようとするが、息子のトレイは快く思わない。精神的に不安定なクリシャはやがてアルコールに手を出してしまい、感謝祭は醜悪なものへと変わっていく。

映画.comより引用

クリシェのクリシャ

映画とはトラブルを通じたアクションにより成長する人を捉えるものだ。

本作は、謎の訪問者クリシャにそのクリシェを纏わせることで、固い絆で結ばれているようで脆い人間の心理を暴き出している。冒頭、5分以上に渡る長回しで、クリシャの帰還が描かれる。車から降り、ブツブツと独り言を発しながらベルを鳴らす。しかし、誰も出ない。どうやら家を間違えたようだ。クルッと振り返ると、目をカッと開いた彼女がカメラの方に向かって歩いてくる。その異様な佇まいから不穏な様子が滲み出る。そして家の中に入るのだが、温かく迎えてくれるようでどこかよそよそしい家族が映し出される。よくよくみると、彼女の右手人差し指には包帯が巻かれている。家族は、家の中で団欒としているが、激密な空間の中で好き勝手に動き回り、騒々しい。息苦しさが漂っている。そんな中、クリシャは独り七面鳥の丸焼きを作り始めるのだ。家族は手伝うよと言いつつも、何も手伝っておらず彼女を放置する。

観客は、長回しの世界で中々状況の掴めない人間関係の渦に飲み込まれていく。

そして時は来た!

クリシャが長時間かけて作り上げた七面鳥の丸焼きを地面に落とした時、人間の邪悪な部分が見えてくるのだ。優しく装う人は、「困ったら連絡してね」と言う。しかしながら、本当に困っている人には手を差し伸べないのだ。また、家族は団結しているものだと思っていても、実際に団結するのはトラブルがあった時に限られ、通常時は心がバラバラだったりする。そういった人間の矛盾がクリシャというクリシェによって次々と明らかになってくる。クリシャは問題そのものなので、家族は全力で彼女を蚊帳の外へ追いやろうとする。あれだけ、犬がしゃぶりにしゃぶってベトベトになったボールを投げつけたり、家の中ではしゃいでいる様子に「うるさい」とキレていた人たちが一致団結してクリシャを潰そうとするのだ。

家侵入ものといえば、大抵「自分ルール」を貫く者が家を乗っ取っていく。ジョゼフ・ロージ『召使』では優秀な召使バレットがフィアンセであるスーザンを倒そうとするアクションが家の崩壊を招いた。アレックス・ファン・バーメルダム『ボーグマン』では図々しく豪邸に居座ることで、住人をマインドコントロールしていった。深田晃司の『歓待』も同様である。

『クリシャ』の場合は、家侵入もののクリシェとなっている侵入者のルールによる崩壊を否定するツイストを用いることで、人間の絆の歪さがよりくっきり浮かび上がる作品に仕上がっている。

85分と短い作品ながら、人間心理の深淵を堪能できる傑作でありました。

日本公開は2021年4月17(土)ユーロスペースにて。

※画像はGucchi’s Free Schoolより提供