【OAFF2021】『キラー・スパイダー』神の名の下に開き直る

キラー・スパイダー(2020)
英題:Killer Spider
原題:ANKABOUT

監督:エブラヒム・イラジュザード
出演:モーセン・タナバンデ、サレー・バヤト、シリン・ヤズダンバクシュetc

評価:55

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第16回大阪アジアン映画祭でイラン映画『キラー・スパイダー』を観てきました。近年『ジャスト6.5 闘いの証』を始めイラン映画の変革が日本でも確認できるようになった。アスガー・ファルハディ監督系の閉塞感ものがマンネリ化してくる中、パワフルなイラン映画が生まれてくる今、エブラヒム・イラジュザード監督の放つ『キラー・スパイダー』もまたパワフルな一本を放ちました。

『キラー・スパイダー』あらすじ

20年前、イラン第2の都市にしてシーア派の聖廟都市であるマシュハドは、連続殺人事件に恐れおののいた。厚い信仰心をもつ工事現場作業員サイードが、汚れた社会を清浄化するためにと売春婦を次々と自分の家に誘い込み殺害したのだ。サイードは世の中の腐敗分子を一掃するにはこれが一番の方法だと信じ込んだ。被害者の女性たちは家族を養うために仕方なく売春をしていただけだ。彼女らは悪人ではないのに、社会が彼女らを暗い街角に立たせた。しかし、それをサイードは知る由もなかった。

イラン社会は連続殺人罪で逮捕された犯人の態度にショックを受けた。11人も殺害するという猟奇的殺人事件を起こしたにも関わらず、一切反省しないどころか、自分は表彰されるべきだと発言したのだ。この事件は「スパイダー殺人事件」と呼ばれ、「修正する代わりに破壊する」という犯行の動機は、重要な課題として心理学者と社会学者を悩ませることになった。 当時、エブラヒム・イラジュザード監督は、自分が暮らす街に起きたこの悲劇を映画化することを決意した。若手監督にとって、犯罪映画があまり作られていないイランで実話を基にした本作を作るのは挑戦だったはずだ。主演の個性派俳優モーセン・タナバンデは主人公の性格を細部まで見事に表現し、高い評価を受けた。

16回大阪アジアン映画祭サイトより引用

神の名の下に開き直る

宗教は、人を統治する為に存在する。人生の指針を提示することにより、人々が道理から外れないようにする役割がある。しかしながら、宗教に厳格になればなる程、人は他者に厳しくなり時に戦争が勃発する。『キラー・スパイダー』はサイコスリラーの仮面を被りつつもイラン社会が持つ宗教の厄介さを批判した作品だ。

敬虔なイスラム教シーア派のサイードはこの社会の汚れに憤りを感じている。イランの娼婦たちは町で積極的に男たちに語りかける。時にはバイクにまたがったりする。そういった娼婦の行動に憤りを感じている。単純に女性蔑視に陥っているだけなのだが、彼はその感情を宗教と悪魔合体させ、「社会が浄化しないのなら、俺が殺す」10人以上の娼婦を絞殺していくのだ。

本作が特徴的なのは、その演出である。最初の殺人と最後の殺人を丁寧に描き、その間は怒涛のモンタージュによって描いているところにある。そして殺人の場面は、アメリカのC級映画のようなカメラワークの中で生々しく描かれている。冒頭の殺人の場面では、殺した女をバイクで運ぶのだが、布からカバンの一部がでろんと飛び出ていて、それが少女に目撃されてしまう。その際の緊迫感をじっくり捉えており映画を盛り上げている。また最後の殺人シーンでは、首絞めをする男を女がその場にあった金属で殴りつけ、必死に逃げよぷとする。この不器用なアクションの連続がリアリティを与えていく。

正直、彼が逮捕されて開き直りながら殺人の再現をするパートが短すぎて、監督が意図する社会批判の側面が弱かった印象が強く、また映画が面白くなるまで時間がかかりすぎな気がしてそこまでノレなかったのですが、昨年東京フィルメックスで上映された『迂闊な犯罪』と併せて観ると、イランノワールの台頭が期待できると言えよう。

※第16回大阪アジアン映画祭より画像引用