【ネタバレ考察】『ミッドサマー/Midsommar』骨格こそ王道なのに何故強烈に怖いのか?

【ネタバレ考察】『ミッドサマー/Midsommar』骨格こそ王道なのに何故強烈に怖いのか?

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、アリ・アスターの問題作『ミッドサマー/Midsommar』を観たのですが、笑えないほど鬼畜でしかも吐きそうになるぐらいグロテスクなシーンが多く大惨事でした。実は多くの人が既にトラウマになっている中盤のあるシーンよりもクライマックスで吐きそうになりました。ただ、実は映画としては非常に王道の作りをしているのです。ここではネタバレありで、『ミッドサマー/Midsommar』を読み解いていきます。尚、この時点で2時間半一般公開バージョンは観ていないのでもしかしたら、カットされた部分について語っている恐れがあります。また未見の方は読まないでください。

※日本公開2020年2月に決定、また東京国際映画祭同時開催の東京国際ファンタスティック映画祭ことシン・ファンタでもオープニング上映&アリ・アスター監督来日が決定しました。

ブログ記事:【ネタバレなし】『ミッドサマー/Midsommar』無窮なるイニシエーション

ホラーの基盤は至って普通の作品

SNSで出回っている感想を読むと、トンデモアート映画のイメージを抱くであろう。確かに、通常のホラー映画とは違い晴天下で恐ろしいことが行われる。しかしながら、骨格自体は至って王道をいっているのです。

ホラー映画の定石として、喪失感と、それを克服するための怪物というものを登場させます。恐怖のどん底を乗り越えて成長するというのが型となっている。『ミッドサマー』の場合、カレシの妹が親を殺して自殺したという事件によってトラウマと喪失を抱いたヒロインのダニがカレシと共に90年に1度しか開催されないスウェーデンの夏至祭に訪れるという現実逃避でもってリフレッシュを図ろうとする。そして、『ウィッカーマン』のように僻地の儀式と闘うことで自分と向き合うプロットになっています。そしてその道中の参加者には、女性友達や黒人といった若者が登場するホラーの定番である組み合わせが採用され、数合わせの為に集められた人物のうち捨て駒は酷い殺され方をします。そうです、アリ・アスターでなければレンタルビデオの片隅に追いやられていたタイプの凡庸なプロットなのです。

しかし、非常に計算された怖がらせかたで観る者を恐怖のどん底に追いやります。

白昼の絶景でも怖さを表現するにはどうしたら良いのか?それは人間本能が持つ、得体の知れない恐怖を引き出せば良い。暗闇というのは得体の知れない雰囲気を醸し出しやすいのでよく使われているが、《得体の知れない》をそのまま根こそぎ引っ張り出せば恐怖を表現することが可能なのです。実際に『ウィッカーマン』や『ザ・チャイルド』、『荒野の千鳥足』などで使われている手法です。

この作品では、言葉の通じない状態で、段々と恐ろしい儀式に豹変していく様子が描かれます。画面がパンしていき、編み込まれた布が映し出されるのだが、そこには女性器を切り取り食べる描写があります。不穏な香りを出させます。またダニはドラッグのようなものを摂取したことで、視界が歪みぐちゃぐちゃになっていく世界や、彼女の不安を具現化した描写が映画の流れをぶった切るかのように挿入されます。その違和感と、絶望的な悪夢に背筋が凍る。自分がこの村に置いてかれてしまうところなんかもわざわざ夢描写でしっかりと魅せてくる厭らしさがあります。

問題の自殺場面

そして映画1時間くらいのところで唖然とすることが行われる。光り輝く丘に一人立つ。するとヒューーーーーーっと地面に落下し死亡するのだ。グシャッとなった肉体が映し出される。そして悲鳴をあげるダニたちを余所に、もう一人仙人のような人が落下するのです。しかし、落下の仕方が悪く、足が大破しただけに留まってしまう。それを村人がハンマーで顔面破壊するのだ。その破壊される瞬間をスローモーションで魅せたり、後に逆再生で再度再現したりするのです。あまりの惨さに吐き気を催すでしょう。ラース・フォン・トリアーが『ハウス・ジャック・ビルト』で演出した執拗なフラッシュバックによる恐怖の増強と似たテクニックが使われています。

蓮コラがダメな人発狂のラスト

物語が進むほど、凄惨になっていくのだが、ダニの感覚が麻痺し始め、儀式の参加者、クイーンに祭り上げられます。そしてダンスや食事といった通過儀礼を次々とこなし、最後には花のコスチュームで燃ゆる小屋をバックに歩く。この花のコスチュームが集合体恐怖症(トライポフォビア)な私にとって吐くレベルに気持ち悪かった。序盤はそこまで気にならなかったのですが、段々と蓮コラのようなぐちゃぐちゃ感を滲み出し、最後に爆発させてくる様子は、もはや確信犯に近いです。

これはデートで観る/観ない関係なく、トライポフォビアの人と一緒に観てはいけない作品だと感じました。

最後に…

本作は何度も観たい作品ではありません。でも日本劇場公開したら様子を確かめに劇場で地獄を体験したいと感じました。アリ・アスターは本当によくホラー映画を観ているし分析している。しかし、その狂気が行き過ぎて、ミヒャエル・ハネケやギャスパー・ノエ、ラース・フォン・トリアーを軽く超越する鬼畜監督になりました。次はどんな恐怖を魅せてくるのだろうか?楽しみです。

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