Michael マイケル(2026)
監督:アントワン・フークア
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・クルー・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロングetc
評価:40点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
《スリラー》や《今夜はビート・イット》など数々の名曲、傑作MVを放ったキング・オブ・ポップことマイケル・ジャクソン。ハッチポッチステーション世代の私は、小学生時代にグッチ裕三からマイケルを学び、ジャクソン5、モータウンと洋楽沼にハマった。特に《スリラー》の不気味でお茶目でカッコいいMVは、監督がジョン・ランディスであることを知らなかった小学生の私の心を撃ち抜くほどの衝撃であった。中学時代には『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を劇場で観て、ミーハーなりに熱狂した記憶がある。そんなマイケル・ジャクソンの伝記映画となれば観ないわけにはいかない。マイケル・ジャクソンは天才的で煌びやかなイメージとは裏腹に様々な翳りや憶測、悲劇を抱えており、他のアーティストの伝記映画以上に扱いは難しいと思う。実際、本作はどうやら二部構成らしく、エンドロールでは続編への匂わせがあった。また、映画批評家の評判は芳しくなかったりする。私の見解はどうか?結論からいえば、ドーパ民のためのマイケル・ジャクソン映画であり、2時間でわかるマイケル・ジャクソン映画の体裁ではあるが何もわからないといったものであった。
『Michael マイケル』あらすじ
圧倒的な歌唱力と革新的なダンスパフォーマンスで時代や国境を越えて愛され続ける「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンの人生を描いた伝記映画。「トレーニング デイ」「イコライザー」シリーズのアントワン・フークア監督がメガホンをとり、音楽の枠を超えて世界に多大な影響を与えたマイケルの物語を、数々の名曲と共に描き出す。
野心家の父ジョセフのもとで厳しいレッスンを受け、兄弟グループ「ジャクソン5」のメンバーとして幼くして成功を収めたマイケル・ジャクソン。やがて名プロデューサーのクインシー・ジョーンズと出会った彼は、ソロアーティストとして数々の歴史的名曲を生み出し、瞬く間に時代の寵児となっていく。しかしその栄光の裏には、早熟の天才ゆえの孤独感や、強権的な父の呪縛、家族への愛と自分の中にあふれるビジョンとの間で葛藤するひとりの人間の姿があった。
主演にはマイケルの実の甥であるジャファー・ジャクソンを抜てきし、幼少期のマイケルをジュリアーノ・クルー・バルディ、父ジョセフをコールマン・ドミンゴ、母キャサリンをニア・ロング、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズをケンドリック・サンプソン、長年の弁護士ジョン・ブランカをマイルズ・テラーが演じた。「グラディエーター」のジョン・ローガンが脚本を手がけ、製作には「ボヘミアン・ラプソディ」のグレアム・キングが名を連ねる。
ドーパ民のためのマイケル・ジャクソン講座
本作は製作に難航した形跡があり、マイケル・ジャクソンが抱える深淵といったものは漂白されている。ジャクソン5時代から始まり、往年の名曲によってエピソードが陳列されているように思える。そして、映画はファスト人生とはいえあまりにもRTA的省略でもって突然の大団円を向かえる様に困惑するのだが、本作は『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』に近いアンチ・アメリカ映画たる伝記ものとして興味深く観ることができる。
父、ジョゼフはアメリカの田舎町で成功できなかった自分の人生にコンプレックスを抱いているようだ。「一生、田舎町で貧しく惨めでありたいのか?成功を掴み取るんだ!」と檄を飛ばし、息子たちをユニットとしてプロデュースする。ジョゼフは強欲であり、体罰でもって息子たちを支配し、ついにはモータウンに才能を見出されることとなる。
そんな中、マイケルは家族との呪縛から逃れようとする。子どもたちをプロデュースすることで自分の人生を再走するといった役割を疑わない父によって搾取されるマイケルがセルフ・プロデュースでもって対抗するといった構図となっており、役割を受容する、家族が第一を掲げるアメリカ映画へのアンチテーゼとなっている点が興味深い。そして、マイケル・ジャクソンは新しい右腕のジョン・ブランカと手を組み、「エンターテイメントとセールストークの境目がない」MTVにMVを流すプロモーション戦略で父を超えようとし、最後のライブで完膚なきまでに父を倒す。つまり父からのBeat(殴打)をBeat Itする話としてマイケル・ジャクソンの人生を描いているのだ。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』では、大衆から神聖化されるボブ・ディラン像と、彼の本心とのギャップをサングラスで表現していたのだが、マイケル・ジャクソンの場合、底抜けに明るい笑み、サングラス、病、ネバーランドと彼の持つ仮面と社会を隔てる要素が多く、映画の中では上手く整理されていないため、演出にチグハグな印象を受けた。特に父からあれだけの暴力を受けた次のショットで翳りひとつない笑みを浮かべており、イメージとイメージとの関係性が見えない点が致命的に思えた。
ジャファー・ジャクソン、そしてジュリアーノ・バルディが演じるマイケルのカリスマ的な動きや《スリラー》《今夜はビート・イット》のMVを撮るエピソードには惹かれたし、TOHOシネマズの轟音シアターにて最前列で浴びる楽曲にはドーパミンがドバドバ出たわけだが、映画としての評価は、要素をあまりにも雑に調理している勿体ない作品である。










