『逃げきれた夢』朽ち果てた者に人は逃げていく

逃げきれた夢(2023)

監督:二ノ宮隆太郎
出演:光石研、吉本実憂、工藤遥杏花(柴田杏花)、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊etc

評価:75点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、推しである「ぽこピー」の動画「【検証】24時間ずっと映画館に居続けたら新作映画は何本観れるのか?」を観た。普段は滋賀で活動をしている甲賀流忍者!ぽんぽこさんとピーナッツくんが東京の映画館を回る企画。筋金入りの映画ファンである自分ですら24時間で6本が限界なのに、有り余る体力とフットワーク、そして映画選びの面白さに圧倒された。その中でぽんぽこさんが『逃げきれた夢』を観ていた。東京フィルメックスで賞を獲り、カンヌ国際映画祭に出品された本作。雰囲気、渋めのミニシアター邦画なのだが、それを彼女が発見し、なおかつ24時間耐久企画で観ていたことに衝撃を受けた。面白かったと語っていたいたので私もシアター・イメージフォーラムで観てきた。

『逃げきれた夢』あらすじ

光石研が12年ぶりに映画単独主演を務め、人生のターニングポイントを迎えた男が新たな一歩を踏み出すまでの日々をつづった人間ドラマ。

北九州の定時制高校で教頭を務める末永周平は元教え子の平賀南が働く定食屋を訪れるが、記憶が薄れていく症状に見舞われ、支払いをせずに立ち去ってしまう。ふと周囲を見回してみると、妻・彰子との仲は冷え切り、娘・由真は父親よりもスマホ相手の方が楽しそう、さらに旧友・石田との時間も大切にしていなかったことに気づく。これからの人生のため、これまで適当にしていた人間関係を見つめ直そうとする周平だったが……。

元教え子・南を吉本実憂、妻・彰子を坂井真紀、娘・由真を工藤遥、旧友・石田を松重豊が演じる。「枝葉のこと」などで国内外から高く評価された二ノ宮隆太郎監督が、「2019フィルメックス新人監督賞」グランプリを受賞した脚本をもとに自らメガホンをとった商業デビュー作。

映画.comより引用

朽ち果てた者に人は逃げていく


二ノ宮隆太郎監督といえば、『お嬢ちゃん』にてヤスリで擦ってくるような痛々しい会話劇を展開していた監督のイメージがある。今回はさらにパワーアップした会話劇が展開される。心の不毛地帯を浮き彫りにしていくわけだが、もはやミケランジェロ・アントニオーニの域にまで到達しており、ゾクっとさせられる。

教頭を務める末永周平(光石研)は、家族からも生徒からも距離を取られてしまっている男である。認知症の兆候が見え始めており、自分の死期を薄々感じながら他者とのコミュニケーションを図ろうとするが、間合いが掴めず関係性が悪化してしまう。そんな痛ましさをひたすら捉えていく。特記すべきは、間合いが適切に取れないことにより空気が悪くなる様子をホラーのように捉えていく場面がある点だ。特に序盤の無銭飲食シーンが印象的である。

食事が終わり、新聞を返却し、フラッと外へ出てしまう。店員が後を追いかけてくる。そこで事態に気づき、彼は財布を出し、札を取り出す。

「俺、忘れちゃうんだ」

と呟きながら、財布と札を右ポケットにしまい、クルッと振り向き去っていく。魂が抜けたかのように動いていく姿の異様さに怖さを覚えた。そんな彼は、自分の居場所を求めるように人を求めていくのだが、ことごとく下手な会話を展開し、ドン引きさせていく。ぽんぽこさんは「そっと寄り添う感じの空気感」があったと語っていたが、個人的にはひたすら冷たさが流れていた。それこそアントニオーニの『夜』に近い作品だったなと感じた。

※映画.comより画像引用