【JAIHO】『ノーバディーズ・ヒーロー』目的が中断される男、達成される男

ノーバディーズ・ヒーロー(2022)
原題:Viens je tʼemmène
英題:Nobodyʼs Hero

監督:アラン・ギロディ
出演:ジャン=シャルル・クリシェ、ノエミ・ルヴォウスキー、イリエス・カドリ、ミシェル・マジエロ、ルノー・リュットンetc

評価:100点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

JAIHOでカイエ・デュ・シネマベストテン2022に選出された『ノーバディーズ・ヒーロー』が配信されていたので観た。本作は、カイエ・デュ・シネマ常連監督のアラン・ギロディ監督最新作である。アラン・ギロディといえば『湖の見知らぬ男』や『垂直のまま』といった強烈な肉体描写を織り交ぜた作劇で知られている。私は、イマイチピンと来ない監督であったのだが、本作はまさかの大傑作で合った。修羅場映画と家侵入ものの奇妙なマリアージュが楽しめた作品で合った。


▲動画版です。

『ノーバディーズ・ヒーロー』あらすじ

フランス中央部の美しい街、クレールモン=フェラン。独身のシステム・エンジニア男性のメデリックは、街角で中年娼婦のイザドラに一目ぼれし、無料でセックスをしようと口説く。一方、街の中心部でテロ事件が発生し、市民は動揺する。メデリックはホームレスのアラブ系青年を自宅にかくまうが、建物の他の住民たちの間で意見が割れる。イザドラには彼女の商売を認めていながら嫉妬深いという厄介な夫がおり、彼はメデリックの前に立ちふさがる。果たしてメデリックはこの入り組んだ状況を打開できるだろうか…。

JAIHOより引用

目的が中断される男、達成される男

蛍光色のダサいランニングウェアを着た男が眼差しを向ける。その先にはケバい赤のコートを着たおばさんが立っている。彼女は娼婦らしい。「タダでヤらさせてくれ!」と懇願する男メデリック(ジャン=シャルル・クリシェ)。なぜ、タダにしなきゃいけないのかと尋ねると、「売春に反対だから」と無茶苦茶な理由を並べる。そこへ車が通りかかり、娼婦イザドラ(ノエミ・ルヴォウスキー)はそれに乗って去って行ってしまう。当然だろう。しかし、何故か彼女から連絡がありラブホテルに呼び出される。ラブホテルで良い感じになる二人。しかし、その関係を引き裂くテロのニュースがテレビから流れる。メデリックは、ラブホテルにまでテロリストは来ないだろうと性行為の続行を求めるが、イザドラは萎えてしまっている。そこへ、彼女の暴力亭主が現れて強制的に性行為は中断となる。金は返却されたが、ホテルの入り口で回収されてしまう。

この冒頭20分の展開から、察する通り本作はメデリックの欲望を宙吊りな状態で中断させ続ける作品となっている。全ての行為が途中で強制終了となってしまう。そこに修羅場を注ぎ込むわけだが、その手数が非常に多く感動する。そして、この映画が重要な点はメデリックと対照的なキャラクターとして、テロに関わっていたと思われるアラブ系青年セリム(イリエス・カドリ)を配置したことにある。彼は着実に欲望を満たす存在としてメデリックの前に立ち塞がるのだ。最初、物乞いとして現れるセリムに対して「あっちいけ」と追い払う彼だったが、小銭を渡したことから、トイレ、マンガ、シャワー、インターネット、20ユーロを渡す状況が生まれていく。玄関はオートロックになっているにもかかわらず、警察を使って追っ払ったにもかかわらず、何度も蘇り粘着質に居候を始めるのだ。一方、メデリックはイザドラとの性行為を完結させようと、彼女の家に転がり込むのだが、近所に住む男が家の中に侵入してきたせいで中断させられてしまう。あまりにも目的が達成できない自分と、それに対してヌルッと家に居座っているセリムから観客はある展開を予想するが、それもメデリックの悪夢として中断させてしまう。一貫してメデリックサイドにおいて行為を完結させない力強さを持っている。

アラン・ギロディ監督はcineuropaのインタビューで、多くの映画が描くテロの悲劇的な側面や死者を悼む観点を回避した物語を作ろうとしたと語っている。恐らく、そこには2015年のシャルリー・エブド襲撃事件以降のフランス人の行動に対する批判的な目線があるのではないだろうか。直接、目の前で暴力が行使された時、フランス人は群れをなして立ち上がるが、一歩喧騒から外れると、互いに譲らぬ議論が巻き起こり平行線となってしまう。全ての行為が中断されるメデリック像にフランス社会を凝縮させているといえよう。

また、意外なことに『ノーバディーズ・ヒーロー』は、映画におけるエンジニア描写の解像度が高い作品である。一見するとシステム・エンジニアの設定ながら、プログラミングをしている場面は映らないので、設定が死んでいるように見える。しかし、セリムの検索履歴を調査する場面を見るとエンジニアっぽい挙動をしているのである。まず、OSはLinax系(Ubuntu?)を使用している。Mac OSでもWindowsでもない。そして、ターミナルを開き管理者権限コマンド(sudo)で検索履歴を出す。最初はFirefoxで検索するのだが、怪しいサイトにアクセスする際は、Torブラウザを使う。これでアラビア語の闇サイトらしきものを確認する。このエンジニアっぽい動きに感動を覚えた。リアルなエンジニア描写って地味なのだが、それを丁寧に描いていることに好感を抱いた。

P.S.アラン・ギロディは同時期に小説「Rabalaïre」を発表している。フランスの方言で「右に行く人、左に行く人、人の家に行くのが好きな人」を意味する本著は、『ノーバディーズ・ヒーロー』と登場人物名の一部を被らせた作品でこれまた群像劇になっているとのこと。こちらもいつか触れてみたいと思った。

※UniFranceより画像引用