『さかなのこ』グロテスクな純粋さで全てを薙ぎ倒すさかなクン像

さかなのこ(2022)

監督:沖田修一
出演:のん(能年玲奈)、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、三宅弘城、井川遥、宇野祥平、前原滉、島崎遥香etc

評価:50点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

さかなクンの半生が映画化。なんと主演は「のん」ということで公開前から話題になっていた。沖田修一監督好きとして観に行ったのだが、あまりにグロテスクで、暗くて壮絶な内容に困惑した。

『さかなのこ』あらすじ

魚類に関する豊富な知識でタレントや学者としても活躍するさかなクンの半生を、沖田修一監督がのんを主演に迎えて映画化。「横道世之介」でも組んだ沖田監督と前田司郎がともに脚本を手がけ、さかなクンの自叙伝「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」をもとに、フィクションを織り交ぜながらユーモアたっぷりに描く。

小学生のミー坊は魚が大好きで、寝ても覚めても魚のことばかり考えている。父親は周囲の子どもとは少し違うことを心配するが、母親はそんなミー坊を温かく見守り、背中を押し続けた。高校生になっても魚に夢中なミー坊は、町の不良たちとも何故か仲が良い。やがてひとり暮らしを始めたミー坊は、多くの出会いや再会を経験しながら、ミー坊だけが進むことのできる道へ飛び込んでいく。

幼なじみの不良ヒヨを柳楽優弥、ひょんなことからミー坊と一緒に暮らすシングルマザーのモモコを夏帆、ある出来事からミー坊との絆を深める不良の総長を磯村勇斗が演じる。原作者のさかなクンも出演。

映画.comより画像引用

グロテスクな純粋さで全てを薙ぎ倒すさかなクン像

映画とは役者が他者を演じることで現出する虚構である。映画を観る時、私は役者が演技することで現出する存在に没入するわけだが、今回の『さかなのこ』は現出する存在の奥にある役者が不安に思えてしまった。つまるところ、第一部の幼少期パートがグロテスク過ぎるのだ。小学生のミー坊は四六時中タコやサカナのことばかり考えている。そして、全てに対して疑問を抱いており、女の子とおしゃべりをしている時に「お前、エロいな」と煽られると、不快な顔ひとつせず、「エロいってなに?」とソクラテス的問いかけで相手の無知を誘発させていく。ミー坊に絡む者は問答無用で一定の感情からブレない問いかけにより絡め取られていくのである。その純粋さのもとで幼少期は駆け抜けていくわけだが、全身タコに絡みつかれても、そのタコを飼おうとしているにもかかわらず男が剥ぎ取り目の前で殺しても感情が一定ラインを超えないドライさに不気味なものを感じる。仕舞いには、さかなクンが近所の不審者役として降臨する。翳りある道の真ん中に聳え立ち、ギョギョギョと奇声を上げながら迫っていく。そして誘拐疑惑で警察に連行する。流石にフィクションな部分だと思われるが、あまりのホラー展開に子役の精神状態を心配してしまった。


そのため、序盤は全く乗れなかったのだが、不良学校編でのアクションは感動するほどに素晴らしかった。『ジオラマボーイ・パノラマガール』、『あのこは貴族』、『裸足で鳴らしてみせろ』で切れ味抜群なカメラワークを魅せる佐々木靖之がジョン・フォード『静かなる男』さながらの群れアクションをこのパートで描いてみせる。背後から暴走族が現れ、ミー坊を煽る。しかし、淡々とした純粋さでサカナ愛を語る。バタフライナイフでイキっている男は、ミー坊が突然、彼のナイフを使ってサカナを解体し始め、血まみれになりながら「あっ卵があるよ!」と嬉々として語る様子に狂気を感じ身震いする。

中盤では、別の学校の者と乱戦となるのだが、ロングショットによるカメラパンで優勢劣勢の波を作り出し、カメラは群れの中心へと迫る。戦場の中で、カブトガニを保護しようと逃げるミー坊だが、不良が立ち憚る。ピンチであるが、カブトガニの裏面をまるで『エイリアン』のフェイスハガーのようにくっつけようと迫り、仕舞いにはサブミッションを仕掛けボスを蹴散らしてしまう。

この物語がミー坊という純朴さによって強靭な不良であっても彼の世界観に支配されてしまう様を象徴的に描いている。

第三部では、東京という大海原へ出るものの、現実の辛さと直面するパートとなっている。大人になったかつての友人たちは、結婚、子育て、仕事といったライフステージに絡め取られてしまう。そんな者たちはミー坊に嫉妬からくる蔑視や羨望、懐古の眼差しを向ける。しかし、彼はその眼差しすらほとんど無関心であり、ひたすら前を歩くのだ。

本作は、大人になり夢の一部を手放してしまった者への処方箋として機能しているような作品であるが、終盤に母親がミー坊に告白するある真実、それを告白する場所の凶悪さも含め、フグの毒を感じる劇薬であった。割と「これ、実話じゃないよね」と思う部分があるので、原作を読むのが怖いのである。

※映画.comより引用