『ピンク・クラウド』かつての現実がフィクションとなってしまった世界で

ピンク・クラウド(2021)
英題:THE PINK CLOUD
原題:A Nuvem Rosa

監督:Iuli Gerbase
出演:Renata de Lélis,Helena Becker,Girley Paes,Lívia Perrone Pires,カヤ・ロドリゲスetc

評価:95点




おはようございます、チェ・ブンブンです。

定期的にディストピア映画が作られて話題となる。エッシャーの絵のような無限世界に閉じ込められたカップルを描いた『ビバリウム』やエレベーターで食べ物が運ばれていき、下へ行くほど残飯しか残っていない空間でのサバイバルを描いた『プラットフォーム』は記憶に新しい。またある意味ゾンビ映画もそうだろう。2020年、コロナ禍となり私は『ゾンビの中心で、愛をさけぶ』を思い浮かべた。ゾンビが蔓延する世界で、ステイホームを強いられている夫婦の前に逃亡者が現れ疑心暗鬼になるあたりや、停滞する時間が過ぎ去る質感がどこか今を彷彿させるものとなっている。これもある意味ディストピア映画だろう。さて、今回紹介するのは『ゾンビの中心で、愛をさけぶ』を抽象化させたような作品だ。ブラジル映画『A Nuvem Rosa(THE PINK CLOUD)』だ。Iuli Gerbase長編デビュー作である。本作は2017年に脚本が書かれ、コロナ禍前の2019年に撮影された作品ながら、今の生活や人間心理を恐ろしいほど正確に描写されており、その洞察力の鋭さからブンブンシネマランキング2022年ベスト候補となりました。早速、詳しく語っていきましょう。

※2023/1/27(金)邦題『ピンク・クラウド』で公開決まりました。

『ピンク・クラウド』あらすじ

After a toxic and mysterious pink cloud appeared, Giovana finds herself stuck in a flat with a man she just met, changing her life in a way she never expected.
訳:有毒で謎めいたピンクの雲が出現した後、ジョヴァーナは出会ったばかりの男とアパートに閉じ込められ、予想もしなかった方法で人生を変えることになる。

IMDbより引用

かつての現実がフィクションとなってしまった世界で

突如、ピンク色の雲が発生する。犬を散歩させていた人は倒れる。ベランダで愛を深め合っているカップルを切り裂くように、不気味な警報がなる。

「窓を閉めてください。部屋にいてください。」

ダラダラとカップルは部屋に入る。そしてテレビをつけると、ピンクの雲により死ぬ人が映し出される。一気に、不可解な出来事が他人事から自分事に変わる。そうです。世界はこの日から変わってしまった。しかし、何十年も普通の日常があったわけだからいつか元の生活に戻れるだろうと思うカップルはその非日常を楽しむことにする。ちょっとしたワクワクが生活にある。例えば、食糧は、窓ガラスにパイプのようなものが繋がれ、そこから取り出すのだ。ビデオチャットで連絡を取り合い、なんとか生活は持続される。



しかし、段々とかつての日常は戻ってこない風潮となっていく。夫はパソコンで「新しいキャリアを始めよう」と謳う動画を見る。また、ピンクの雲により孤独を抱える人に向けたマッチングアプリも作られているらしいことが分かる。『10 クローバーフィールド・レーン』や『ゾンビの中心で、愛をさけぶ』といった家で長時間時間を潰す状況を描いた作品は数多く作られている。『4:44 地球最期の日』のように、2020年代のビデオチャットで孤独を癒す生活を盛り込んだ作品もあるがここまで高解像度で世界が描かれ、しかも現実に即したものとなっていることにただただ驚かされる。

また本作はコロナ禍がさらに長引いた後の世界をもリアルに描いてしまっている。

例えば、夫婦の間に生まれた子どもにとってピンクの雲の世界は生まれた時から日常である。だから、息苦しさを感じることなく、ビデオチャットで会話し、算数の課題もパソコンでこなす。これはコロナ禍に生まれてきた子どもたちにとっての常識を予見しているように見える。そして、妻は戻らぬ生活への渇望からVRに現実逃避する。部屋に砂を撒き、精神の中だけでも旅行を堪能しようとするのだ。

監督はFILMMAKERのインタビューの中で

Yeah, and it was not just a fiction, but a sci-fi! It’s crazy when you write an intimate, surrealistic sci-fi and then it becomes kind of reality. In the beginning of the pandemic, I had the normal anxiety everyone else did, but also another layer of anxiety, of feeling that my film had become real: “Oh no, now it will be The Pink COVID, not The Pink Cloud.” Ugh—my cloud turned into a terrible virus, you know? And my friends were saying, “At least people everywhere will relate to it.” But I was very nervous.
訳:そう、そしてそれは単なるフィクションではなく、SFだったんですね!?親密で超現実的なSFを書いたら、それがある種の現実になるなんて。パンデミックが始まった当初は、誰もが抱く普通の不安だけでなく、自分の映画が現実になってしまったという不安もありました。私の雲がひどいウイルスになってしまったんです。でも、友人たちは、「少なくとも、世界中の人々が共感してくれるだろう」と言っていました。でも、私はとても緊張していたんです。

とあまりにも自分の映画が現実になってしまったことに動揺を隠せなかった模様。確かに、実際に観るとあまりにも今を表していて怖くなるのも当然である。ピンクの雲に精神を汚染されて自殺する描写や、コロナ禍における1日の感染者数が一桁になったと思ったら一気に数万人規模にリバウンドしてしまうことへの絶望に近い描写まであるのだから、監督も狼狽することは無理もない。

しかしながら、本作は現実がフィクションとなってしまった世界の心理を代弁してくれる作品であり、脳内のモヤモヤという名の雲を除去する鎮痛剤となり得る。

少なくとも、私は本作を観て今を生きようという気力が出た。自分は一人ではないと勇気づけられました。

日本公開は未定ですが、本作が劇場で観られる日が来ることを心待ちにしたい。


P.S.本作の感想をTweetしたら1,000以上のファボがついた。日本未公開映画でこれだけ注目していただけるとは映画の伝道師として嬉しいものがあります。今後も映画と真摯に向き合って面白い映画を紹介していけたらと思います(誤字があるのは申し訳ありません)。

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※MUBIより画像引用