秘密の森の、その向こう(2021)
PETITE MAMAN
監督:セリーヌ・シアマ
出演:ニナ・ミュリス、マルゴ・アバスカル、Stéphane Varupenne、Gabrielle Sanz、Joséphine Sanz etc
評価:85点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第71回ベルリン国際映画祭は激戦区であった。審査員の審美感の鋭さもあって、最高賞は『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』に与えられ、3時間半にも及ぶ学校ドキュメンタリー『Mr. Bachmann and His Class』に審査員賞の光を差し向ける結果となった。そのコンペティション部門にはセリーヌ・シアマの小品『PETITE MAMAN』が出品されている。75分程度の短い時間の間に細田守映画を彷彿とさせるミニマルで壮大な物語を凝縮させた傑作であった。
『PETITE MAMAN』あらすじ
After the death of her beloved grandmother, eight-year-old Nelly meets a strangely familiar girl her own age in the woods. Instantly forming a connection with this mysterious new friend, Nelly embarks on a fantastical journey of discovery which helps her come to terms with this newfound loss.
訳:最愛の祖母を亡くした8歳のネリーは、森の中で不思議と見覚えのある同い年の少女に出会う。その不思議な少女と心を通わせながら、ネリーは新たな喪失感を受け入れ、ファンタジックな発見の旅に出発する。
まだサヨナラは言いたくなくて
お別れを告げて回る少女ネリー、祖母を亡くし母マリオンは悲しみに暮れている。しかし、家に帰らないといけない。娘に涙を見せぬよう車を走らせる。「おかし食べていい?」とネリーはきく。そしてスナック菓子を取り出し、サクサクと食べ始める。カメラは、マリオンの虚空を見つめた横顔を捉える。するとフレームの外側からネリーが、おかしや飲み物を差し出す。やがて家につき、マリオンはネリーの面倒を一通りみるがそこに翳りがある。絵本を読む場面では、マリオンがネリーに読み聞かせする構図なのに、まるでマリオンが子どもに返ってしまったようなオーラを醸し出す。これが伏線となっている。
マリオンは、サヨナラも告げずにネリーのもとを去る。父とは冷たい空気が流れる。やることはない。ネリーは彷徨うように森で遊んでいると、同じ8歳の少女と出会う。そして、秘密基地を一緒に作ったり、ゲームをしたり、料理をしたりする。そんな女の子の名前はマリオンだった。しかも彼女は、母親そのものだったのだ。
本作は、巧みなカット割りを通じて、イマジナリー・フレンドのような母の幻影を魅せている。マリオンとネリーが家で遊んでいる。すると、ネリーの前に食事が運ばれてきて、カットが切り替わるともうマリオンがいないことからも、これはネリーの見る不思議な世界であることが分かるであろう。
冒頭で、母と娘の関係が逆転したように見せかけることで、本作のタイトルにもなっている『PETITE MAMAN(=小さなお母さん)』の物語であることが強調される。ネリーの前に現れたマリオンとの対話。自分からリードしてマリオンを誘導していく姿は、まだサヨナラは言いたくなくてぐずっている母へ差し出す救いの手のようにみえる。
本作は少女ネリーの半径500mぐらいの世界を描いており、舞台も病院、家、森、川の4箇所しかない。その中で、時空を超越した感傷的な物語を生み出す。それを75分で手短くまとめてしまう手腕にセリーヌ・シアマの技巧が光っていた。
細田守『未来のミライ』が、少年が未来の妹に出会いイマジナリーフレンド的な対話を通じて内なる悶々を解き放つ作品であった。本作もそれに近いことを行っているが、ネリーが解放する悶々が家を去った母というところが肝である。ネリーは直接、母の痛みに触れることはできない。しかし、彼女の前に現れる幻影を通じて痛みに触れ、彼女の囁きでもって母を救うのである。
これは日本公開したら話題になること間違いなし、美しいファンタジー映画であった。
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※MUBIより画像引用