【東京国際映画祭】『洞窟』タナトスとエロス

洞窟(2021)
Il Buco

監督:ミケランジェロ・フランマルティーノ
出演:Paolo Cossi,Jacopo Elia,Denise Trombin,Claudia Candusso,Mila Costi etc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第34回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で観たかった『洞窟(Il Buco)』を拝むことができました。本作は『四つのいのち』で知られるミケランジェロ・フランマルティーノ最新作にして、第78回ヴェネツィア国際映画祭にて審査員特別賞を受賞している。1960年代、約700mもの深さを持つカラブリアの洞窟を探索した実話を基に独自の解釈で映画化した作品である。これが今年のベストに入れたい程に素晴らしかった。

『洞窟』あらすじ

1960年代、若い学者たちが前人未到のカラブリアの洞窟を探索。地下700mまで到達した。この事実をあたかもドキュメンタリーのように再現した作品。撮影は名手レナート・ベルタ。

※第34回東京国際映画祭サイトより引用

タナトスとエロス

テレビで、高層ビルで窓拭きをする男に対するインタビューが放送される。足がすくむような高所。恐怖がそこにあるが、同時に次々と移ろいゆくオフィスでの生き様を絵巻のように楽しむことができる。これは恐怖に打ち勝った窓拭きだけが味わえる至福である。同様に、この物語では小さな穴から伸びる、そこ知れぬ深淵の終着点を知ろうとひたすら穴を降りていく学者の探究と快感を描く。冒頭に「上る」ことへの快感を提示することで、人間の本質である「タナトス(=死への欲動)」に関する映画であることを示す。

その道中に参加することとなった我々観客は、「世界ふれあい街歩き」のカメラマンと同じく、若き研究者集団についていく。絵画のように美しいプラットフォーム、素朴な村の営みの洗礼を受けながら、20分近くかけてようやく穴に到達する。

マガジンに火をつけ、穴へ落とす。炎の微かな音が反響し、深淵へと吸い込まれていく。薄ら見える数10m先、好奇心を掻き立てる官能的な光に吸い込まれそうになる。そして、洞窟を降りては、荷物を回収して、地図を書き、地上スタッフに渡す、慎重な冒険はあのレナート・ベルタの撮影によって官能的な陰影礼賛の世界を紡ぎ出す。ダニエル・シュミット(『今宵かぎりは』、『ラ・パロマ』)やアラン・タネール映画(『どうなってもシャルル』、『ジョナスは2000年に25才になる』)の撮影で知られる、彼は洞窟の僅かな隙間から、冷たい水の反射と温もりの炎の関係性を捉え続ける。人々は、恐怖に打ち勝つ為に火を発明した。と同時に、恐怖の象徴である闇の奥を火で照らすことにより、見えない世界と見える世界の差を認知。火という人間が持った武器によって見える世界を拡大させていき、その過程で見えない世界に対する好奇心が芽生えていく。まさしくタナトスが刺激されていく瞬間をレナート・ベルタは画に浮かび上がらせ、観る者の心を鷲掴みにしていく。撮影技術の進歩で、些細な光でハッキリと見える/見えないの境目を描写できるようになった時代だからこそできる表現に感動を覚えた。

さらに、本作はミケランジェロ・フランマルティーノの遊び心ある演出によって人間の本質を立体的に描いている。もちろん、観客がまず頭に浮かべるであろう洞窟の穴を挟んでの危険すぎるサッカー描写はスパイスとして機能している。私が注目したいのは謎の老人である。本作は、洞窟探索パートの合間に、人間の言葉を捨て、動物の言葉で自然と対話する老人の人生が挿入されている。ロバを操るこの老人はある時倒れてしまう。炎の中で彼は発見され、村人によって介抱される。瀕死の状態であるが、微かな脈動、呼吸で死の淵から生を渇望しているように見える。そんな老人の小さな口、小さな食道が洞窟と重ね合わさる。死の淵では人間は生を渇望する。つまりそこには「エロス(=生への欲動)」があるわけである。双方のパートを、字幕を極限まで削り、人間の言葉ではなく動物の言葉で会話させ、火を手にした時から始まった人間原始のタナトスとエロスの円環構造をにじみ上がらせていく。その為にレナート・ベルタの官能的なショットを採用する。

ミケランジェロ・フランマルティーノ監督作品は初めて観たのですが、シンプルで果てしなく奥深い世界に感動を抱きました。日本劇場公開決まってほしいものです。

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※第34回東京国際映画祭サイトより画像引用

 

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