【SKIPシティ国際Dシネマ映画祭】『夜を越える旅』モラトリアムが背中で語るまで

夜を越える旅(2021)

監督:萱野孝幸
出演:高橋佳成、中村祐美子、青山貴史、AYAKA、桜木洋平、井崎藍子、時松愛里、青木あつこ、荒木民雄、長谷川テツetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で萱野孝幸最新作『夜を越える旅』が配信された。彼はクラッカーの頭脳戦を緻密に描いていることで注目された『電気海月のインシデント』で知られた新気鋭の監督だ。これがかなり面白かった。

国内コンペティション長編部門 優秀作品賞&観客賞を受賞しました。

『夜を越える旅』あらすじ

漫画家志望の春利は、学生時代の友人たちと1泊2日の旅に出る。しかしその最中、応募していた漫画賞の結果を知り自暴自棄になってしまう。そこへ、かつて思いを寄せていた小夜が遅れて参加してくるのだが…。

※SKIPシティ国際Dシネマ映画祭より引用

モラトリアムが背中で語るまで

大学を卒業し、敷かれたレールからそれぞれの大海原へ人々は解き放たれる。初々しく、人々は冒険をする。そして数年後、20代後半から30代にかけて人はあの頃の仲間に会いたくなるものだ。「あいつどうしているのかな?」と隣の芝生を覗くように、そこには他社と比較することから生じる不安も混じる。故に、久しぶりの再会は緊迫感がある。大学時代の仲間と集まるが、目線は合わず、どこかよそよそしい。そこに流れる気まずい時間を打破してほしいと3人が思っていると、それを叶えるように車が現れる。その時になって初めて視線がシンクロし、一体感が生まれる。

本作は、学生時代からリライトを繰り返し、中々陽の目を浴びない漫画家の視点で進行する。モラトリアムに生きる彼は、気まずい間の中で大学時代の楽しさの汁を吸って自分を慰めようとする。だが、見栄も張りたい様子を会話に匂わせる。

てっきり、日本のインディーズ映画が得意とするモラトリアムものかと思っていると、映画は中盤からガラリとジャンルが変わる。これは実際に観て驚いてほしい。こうした、一撃必殺の転調は、意味を持たせないと一発芸に終わってしまう。だが、萱野孝幸監督は『8 1/2』におけるスランプの時に観る幻影としてその転調を取り入れ、それがある種の円環構造にまで展開されていく。その巧みな脚本に痺れた。

そうです、人はいつまでもモラトリアムに生きることはできないのだ。前を進むしかないのだ。彼は長い旅で、様々な背中を見て、ついには観客に背中で語り始める。藤本タツキ「ルックバック」のように背中で語り始めた時、観る者にカタルシスを引き起こすことでしょう。日本公開は来年とのことですが、萱野孝幸監督は注目したい。というよりか「ルックバック」を実写化することあれば彼に手掛けてほしい。

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※SKIPシティ国際Dシネマ映画祭より画像引用