【ネタバレ考察・東京フィルメックス2019】『ヴィタリナ/Vitalina Varela』無の放浪、無からの解放

ヴィタリナ(2019)
Vitalina Varela

監督:ペドロ・コスタ
出演:ヴィタリな・ヴァレナ、ヴェントゥーラetc

評価:5億点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

昨日、有給休暇を利用して東京フィルメックスに行ってきました。東京フィルメックスとは、毎年11月に開催されるアート映画/アジア映画の祭典。映画のラインナップがマニアックで、かつ上映中にスマホをいじるような野郎が少なく、非常に治安がいいことから毎年遊びにきています。また、フィルメックスで観た作品がそのまま年間ベストに食い込むケースも少なくなく、昨年は『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』、『川沿いのホテル』が選出。2015年には『人生タクシー』がベスト1に躍り出ました。

今年は、意外なことにペドロ・コスタの最新作にしてロカルノ国際映画祭金豹賞と女優賞を受賞した『ヴィタリナ』が上映されるということで有給を取って行くことにしました。これが最高の映画体験でした。日本では来年の初夏にユーロスペースで公開されます。Q&Aで本作を知る上でとてもいい話を聞けたのでネタバレありで語っていきます。未見の方は来年にでもお読みください。

『ヴィタリナ』あらすじ


出稼ぎに行った夫が死んだことを知らされ、カーボ・ヴェルデからポルトガルにやってきた女性。前作「ホース・マネー」にも出演したヴィタリナ・ヴァレラ主演。陰影の濃い映像で描かれるヒロインの悲しみが見る者の心を打つ傑作。ロカルノ映画祭で金豹賞と女優賞を受賞。
※東京フィルメックスサイトより引用

漆黒は死の曖昧さを描く

暗い路地、奥から足音が鳴っている。やがてぼんやりとその正体が明らかになってくる。杖をついた喪服を着た男たちがゾロゾロと歩いてくるのです。カーボ・ヴェルデからリスボンに移民としてやってきた男は遂に息絶えたのだ。そこへ飛行機から一人の女ヴィタリナ・ヴァレラが降り立つ。40年間も夫の帰りを待つ者の、遂に再会することはなかった。彼女は、男がいたと思われる廃墟を彷徨い、彼の薫りを追い求める。彼女はポルトガル語を話せない。彼はポルトガル語しか話せなくなった。彼への手紙をポルトガル語で書けば再会できたのだろうか?彼はどうして帰ってこれなかったのか?夢をみてポルトガルへやってきたのに、哀しみの廃墟に呑み込まれダメになってしまった夫をどうすれば救い出せたのだろうか?彼女は、漆黒の中で死に近づきつつ、己を浄化させていく。本作は、リスボンから故郷カーボ・ヴェルデに帰れない者を描いた『ホース・マネー』と蝶番の関係にある。遠く離れすぎたカーボ・ヴェルデへ伸ばした手を掴むように、本作はカーボ・ヴェルデから手を伸ばしていく。

スタンダードサイズの閉塞感ある画角は、初期のゴッホの絵あるいはミレーの絵のような慎ましい肖像からにゅっと飛び出しそうな廃墟を放浪する民の動きと、深遠なる闇によって自由自在に変わる。真っ暗な映像に微かに差し込む光が、横幅を決めるのです。その型に嵌らない、画面フォーマットは幽霊の彷徨い、哀しみの漂流を端的に表している。2010年代は、画面フォーマットを使った演出が盛んに研究されていた。『Mommy/マミー』では正方形のフォーマットを使うことで、感情を押し込めようとしつつも爆発してしまう親子の心情を効果的に描いていた。『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』では、四隅を丸くすることで、絵画における禁じ手である四隅に重要なモノを配置することを避けつつ画面全体に美しさを格納することを実現している。『Lucifer』では丸画面の中で映画が紡がれていった。しかし、どの映画も型に囚われてしまっているのだ。ペドロ・コスタは、陰影でもって自由自在に画面の大きさを変幻してみせ幽玄な世界を紡ぎ出した。

その世界に、ヴィタリナ・ヴァレラとヴェントゥーラが1年間かけて絞り出した魂の囁きを、じっくりじっくりと流し込む。これはいくら『よこがお』の筒井真理子や『イサドラの子どもたち』の女優軍団の演技が素晴らしくても勝てるはずがありません。

(ネタバレ注意)ラストについて

上映後にペドロ・コスタ監督によるQ&Aが開催されました。本上映はアンスティチュフランセの番組プロデューサー坂本安美、黒沢清監督、蓮實重彦、クリス・フジワラ、柳下毅一郎などあらゆる映画超人が集まっており、そのせいかQ&Aも超絶ハイレベルでした。その中で涙したのは最後の部分。ペドロ・コスタの廃墟映画は常に暗い場面が映し出されるのですが、本作のラストは非常に明るい世界が映し出される。そこに映し出される家は、ヴィタリナ・ヴァレラの故郷カーボ・ヴェルデにある親戚の家なんだそう。監督は本作を撮る中で、映画の中にヴィタリナ・ヴァレラの哀しみを閉じ込めておくのは可哀想だ、解放してあげなければと思い、わざわざカーボ・ヴェルデまで出向いて撮影したのだそう。なので、監督曰く本作は彼女の魂を浄化したハッピーエンドの映画なんだそう。この言葉を聞いて泣きたくなりました。ペドロ・コスタの陰翳礼讃の哲学にすっかり魅了されてしまいました。

ブンブンの質問とブンブンの考察:木の幹について

好きな映画のQ&Aはなるべく質問することにしている。本作の前半で、木の幹が象徴的に映し出されていたので、そこの意図について伺ってみたのですが、どうやら監督の無意識の中にあったショットだったらしく困らせてしまいました。監督は、じっくりと考えながら、彼の脳裏にある兵士とかの残像、そして葬式における儀式的演出を強調するためにそのショットを入れたとおっしゃっておりました。

また、監督は本作の解釈は自由であるとおっしゃっていたので、自分なりに監督のそのショットにおける無意識を分析していこうと思います。

まず前半の木の幹のショットは2つに分類できる。最初に提示されているのは、木の幹に青い印がついているもの。その後数度にわたって映し出される木の幹にカーボ・ヴェルデ人だと思われる移民の手、この2種である。これは、ペドロ・コスタが無意識に思い描く、風化し忘れ去られた移民の声を描いていく宣言なのではないだろうか。木に手をかざすだけでは、木に何の痕跡も残らない。誰が後で見ても、そこにある悲しさを感じ取ることはできない。しかし、青い印等、何らかの刻印があればそれに気付けるかもしれない。監督は、『ヴァンダの部屋』からリスボンで忘れ去られた移民の声を拾い上げようとしてきた。移民は何を考えているのか、彼らにとって生きることと死ぬことは何なのだろうか?我々はその感情を、無視していて良いのだろうか?彼のそういった強いメッセージをこのショットに感じたのです。

最後に…

『ヴァンダの部屋』で、部屋と部屋の境界がなくなり、人が液体、気体のように蠢く場面に衝撃を受けてから注目しているのですが、彼の熟成された絵作りは、決して衰えることなく今回もキレッキレでした。これは家で観たら集中力が切れてしまうでしょう。映画館でじっくり2時間対峙して得られるものが大きい作品でした。12月には、彼の初期作『血』、『溶岩の家』がアンスティチュフランセで上映されます。『血』はショットが凄すぎる傑作なので、時間がある方は是非挑戦してみてください!

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2 件のコメント

  • 見てきました。これは凄い。ポルトガルでのヒットも頷けますね。

    冒頭からキレッキレの、コスタ流が続く。4:3の比率で、異様な迫力と重厚さを備えた画面。屋外であるはずなのに、屋内の様であるのは夜に更に徹底した遮光を施した上で照明を当てているからなのだろうか。この市川崑やカウリスマキをさらに徹底したような照明(空港のシーンの呼吸はカウリスマキを思い出しました。)はカラヴァッジョやレンブラントを想起する評者も多く居たようだが、自然光ではない人口の光にありありと照らされる物の色彩と質感は、時にシュールレアリスムのような劇画調の絵を思わせる瞬間もあったように思う。

    前半1/3頃に扉を開けて光が差し込むカット以外は(記憶が正しければ)空間が外光に照らし出される事はなく物語は続き、最後の墓参りでようやく自然光のありがたさにホッと息をつく。この開放感を抱えたまま映画は終わったが、コスタはこの方法論を次作も続けるのか手放すのか。

    今回は、この監督の歴史上最も分かりやすいテーマと物語であったように思います。ヒットしたのはよく分かる。「ヴァンダの部屋」の頃のようなドキュメンタリー調からは、遠く離れた独自の映像世界を確立した事とも相俟って、この作品が、ペドロ・コスタの代表作になるかもしれない予感がしています。

    蛇足かもしれないけど余談。コスタ史上一番わかりやすく物語が展開していったので、自分としては終始ニコニコで鑑賞できたのですが、各種映画サイトのレビュー評を見ると分かりにくくて苦痛という人達がチラホラいて、たまたま直前にソクーロフの「ほぼ見る拷問級」の意味不明映画を観ていたせいもあって、ちょっと驚いてしまった。

    • 通りすがりさん、もはや『ヴァンダの部屋』のあの頃から次の世界に跳躍した凄い作品でしたね。ペドロ・コスタは『ヴァンダの部屋』、『コロッサルユース』において光から闇を捉えていたのが、『ホース・マネー』と本作では闇から光を捉える方向に変化しています。今回の場合、コスタにしては眩いほどの光をラストに持ってくることで彼が捉え続けてきたアフリカ(カーボヴェルデ)の苦痛の魂を解放してあげたのではないでしょうか?次回作にも期待ですね。

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