【ネタバレ考察】『アド・アストラ』HAL 9000は《闇の奥》を目指し、己の《闇の奥》を知る

アド・アストラ(2019)
Ad Astra

監督:ジェームズ・グレイ
出演:ブラッド・ピットトミー・リー・ジョーンズルース・ネッガリヴ・タイラーetc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

5年前のジェームズ・グレイは思ってもいなかっただろう。ブラッド・ピットに見出され、SF超大作を作ることとになるとは。彼は、『アンダーカヴァー』、『トゥー・ラバーズ』、『エヴァの告白』と小さな世界での抑圧/爆発を描いてきたインディーズ映画監督である。しかし、彼の才能を見出したブラッド・ピットが自分の会社であるプランBエンターテインメント製作、自分主演で映画を撮るよう彼に迫ってきた。こうしてインディー・ジョーンズの元となった人物パーシー・フォーセットのトラベルジャンキーっぷりを描く冒険活劇『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』を撮ることになった彼は、今までとは全く違うスケール感に怯えながらも見事に映画を作り上げた。ブラッド・ピットはこれで満足しなかった。まだまだ覚醒できる筈だ!と彼に一度も撮ったことのないSF冒険物を撮らせようとしたのだ。最近では、クレール・ドゥニがSF官能映画『ハイ・ライフ』を製作したり、ブリュノ・デュモンやレオス・カラックス、ギャスパー・ノエがミュージカル映画を製作したり、鬼才が別次元の映画に挑戦する例が増えていますが、正直不安であった。

第76回ヴェネチア国際映画祭で上映された際、『2001年宇宙の旅』、『地獄の黙示録』、『ツリー・オブ・ライフ』、『インターステラー』など沢山の名作を引き合いに映画が語られていたのだ。これはある意味二番煎じ映画に留まってしまっているのでは?これだけ多くの名作を闇鍋にしてしまっては美味しくないのでは?予告編の圧倒的『インターステラー』二番煎じ感もあり不安だったのですが、これが今年暫定1位の傑作でした。と同時に、本作はブラピ映画の中でも『ツリー・オブ・ライフ』に匹敵するほど難解な作品。ある意味、短くコンパクトになった『ブレードランナー2049』とも言える哲学的作品であった。というわけで、ネタバレありで、考察していこうと思う。

『アド・アストラ』あらすじ


ブラッド・ピットが宇宙飛行士に扮し、トミー・リー・ジョーンズと父子役で共演した主演作。広大な宇宙を舞台に、太陽系の彼方に消えた父の謎を追う姿を描く。地球外生命体の探求に人生をささげ、宇宙で活躍する父の姿を見て育ったロイは、自身も宇宙で働く仕事を選ぶ。しかし、その父は地球外生命体の探索に旅立ってから16年後、地球から43億キロ離れた太陽系の彼方で行方不明となってしまう。時が流れ、エリート宇宙飛行士として活躍するロイに、軍上層部から「君の父親は生きている」という驚くべき事実がもたらされる。さらに、尊敬する父が太陽系を滅ぼしかねない「リマ計画」にかかわっているという。危険な実験を抱えたまま姿を消した父を捜すため、ロイも宇宙へと旅立つが……。ピット、ジョーンズのほかリブ・タイラー、ルース・ネッガ、ドナルド・サザーランドが共演。監督は「エヴァの告白」のジェームズ・グレイ。
映画.comより引用

Per aspera ad astra.(困難を克服して栄光を獲得する)

「Per aspera ad astra.(困難を克服して栄光を獲得する)」というラテン語から取られた、『アド・アストラ』はジェームズ・グレイの友人であるクリストファー・ノーランのノウハウが引き継がれた圧倒的な映像で『ゼロ・グラビティ』、『インターステラー』、『オデッセイ』と繋がる2010s:A Space Odysseyのクライマックスを飾った。ノーランの右腕撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマが映す、全編《映え》しかない世界、マックス・リヒターが紡ぎ出す、観客のドキドキを引き出す心拍数の鼓動がジェームズ・グレイの勤勉さと融合し、『2001年:宇宙の旅』では《未来》の世界に見えた物を《現実》に落とし込むことに成功した。これはキューブリックの怪物がビッグバンを起こしてから半世紀経とうとも誰も成し得なかったところだ。『ブレードランナー』の登場もあり、SFの街並みは雑多を強調するだけのものとなったのだが、『アド・アストラ』は物価レベルから世界を紡ぎ出した。

ブラッド・ピット演じる技術者ロイ・マクブライドは、父にメッセージを届けるため月を経由して火星を目指す。月へ向かうロケットの中で彼はブランケットを注文すると、「125ドル(約1万3,000円)になります」とスチュワーデスは言う。そう、未来であっても月へ行くのは高い。宇宙へのインフラコストの高さが、こういった物価に反映されることを物語っている。また、月にいけども、人類は資源を巡る争いは変わらず起こり、盗賊が暴れている状態が描かれる。各星には、地球における入国審査ゲートがあり、手続きを経る必要がある。宇宙では、音がしない。爆発が起これども、その音は聞こえず、ものの大惨事はヘルメット越しのスピーカーから聞こえてくるのみだ。

どうでしょうか、今この世に宇宙旅行があったらと思うと現実的に見えませんか?

そして、ジェームズ・グレイは脚本を書く上で、単に『2001年宇宙の旅』、『地獄の黙示録』を下敷きにしているわけではない。もちろん、完璧に『2001年宇宙の旅』のプロットをなぞっており、未来の宇宙旅行造形、月着陸シーン、月からの移動に、宇宙の彼方でハードディスクを抜き飛躍するあの場面まで忠実に再現している。しかし彼はこれらの作品の下地にあたるホメーロス『オデュッセイア』、ジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』をベースとしている。そして主人公のキャラクター造形は、ニール・アームストロングとバズ・アルドリン、マイケル・コリンズをベースとしており、調査する中で宇宙飛行士に向いている性格と分析されている統合失調症のパーソナリティ障害についても調査し、物語に組み込んでいった。35mmフィルムで、数十年前のSF映画の再現も試みているので、観ていてふつふつと懐かしさが込み上げてきます。さらには、今まで彼はやらなかったであろう冒頭に映し出されるトミー・リー・ジョーンズ演じる父の写真は『スペース カウボーイ』から引用する遊び心まで忍ばせているのです。

ジェームズ・グレイ毎回、入念な下調べをし、きめ細かく完璧な引用をする男であることは『エヴァの告白』の入国審査シーンでエリア・カザンの『アメリカ アメリカ』の要素を組み込んだことからキラリと光るものを感じていたが、これはその集大成と言えるであろう。決して、ライトノベルさながらブラッド・ピットに振り回され困惑しているだけではない。自分の強みを理解した上で、各鬼才をまとめこみ、圧倒的《世界》を創世したのです。

HAL 9000は《闇の奥》を目指し、己の《闇の奥》を知る

本作は『2001年宇宙の旅』の点を結ぶ映画ではあるものの、視点は全く違う。キューブリックは人類が未知に触れ、人間という領域から飛び出る様子を描いていた。HAL 9000との闘いは神との対峙を示唆している。一方、『アド・アストラ』の場合、その神的存在であるHAL 9000の目線から物語が語られるのです。ロイ・マクブライドは完璧な宇宙飛行士だ。冒頭、宇宙ステーションが事故で爆発する。見るも地獄で怯えてしまいそうな地獄を前に、彼は淡々とレバーに手を伸ばして事態を鎮めようとする。しかし、不運は連鎖し、彼は地に落下してしまう。上空数万mにも及ぶ高所から豪速球で地に堕ちていく彼は、目を瞑る。そこには怯えはない。冷静沈着、パラシュートを開く。しかし、落下物によりパラシュートに穴が空いてしまう。それでも彼は諦めずに完璧な着陸でもって地面に降り立つのだ。このシークエンスでもって、彼はニール・アームストロングばりに完璧冷静な人物であることが説得力もった形で提示される。

そして物語が回転し始めるのだが、映画は彼の篭った内面の自問自答で展開される。まるで世界と彼との間に透明な壁があるように断絶が存在し、クルーと密接にコミュニケーションを取っていながらも、そこには孤独がある。そして彼は海王星に消えた父にメッセージを送り届けるべく、火星に行くよう指令を受け長旅に身を投じる。道中、様々な困難が彼を襲う。月では宇宙海賊に襲われ、途中で発生する難破船の調査では凶暴化した動物との戦いが繰り広げられる。しかし、そのどれもが他人事のように彼の前を通り過ぎて行く。そして、彼は宇宙の彼方《闇の奥》を目指す道程の中で、人間の都合よく操作されている自分という内面に眠る《闇の奥》に辿り着く。そして火星で父にメッセージを投げるブースの中からスタッフを見つめる彼の瞳は、自分の正体に気づき人間に幻滅したHAL 9000と同調する。『2001年宇宙の旅』ではHAL 9000とボーマン船長の死闘の結果、後者が勝利し、新人類の扉を叩くのだが、本作ではHAL 9000であるロイ・マクブライドが勝利する。海王星を目指す、クルーを皆殺しにした彼は宇宙の彼方で、神になった父と対峙するのだ。

宇宙の彼方で彼が決断したものは?

そんな彼は宇宙の彼方で白内障になりなお人智を超えた存在であろうとする父と対峙する。彼は自分の鏡である。冷静沈着、必要最低限のことのみ注力し、それ以外を無視することを極めた父は、自分や母を見棄てたことを全く後悔していないと語る。残酷なメッセージ、しかしながら自分の本質を吐露しているようなこの言葉に彼は涙する。そして、ようやく人間らしさ、感情を手に入れたHAL 9000は父を地球に持ち帰ろうとするのだが、父は彼を押しのけ、深淵の果てに消え失せようとする。

Far above the Moon
Planet Earth is blue
And there’s nothing I can do.

人類なんてどうでもよくなった父、超人類。そんな彼の仕草から滲み出る、人類へのメッセージを前に彼は絶望するのだが、彼は決断する。

地球へ帰ろう!

ペルセウスさながら自分の内面に眠る化けくじら(=過去へのしがらみ)を操るティアマトあるいはポセイドンである父と決着をつけ、ケフェウス号に戻り、エチオピア(=地球)へ凱旋したのです。アンドロメダ(宇宙技術)に耽溺し高慢になった人類に対し怒りの咆哮を投げかけたポセイドンとの構図に巻き込まれてしまったペルセウスであるが、自らの力(=冷静沈着さ)を差し出すことによって人類を救ったのです。

最後に…

確かに、本作は闇鍋映画だ。『2001年宇宙の旅』、『地獄の黙示録』とその礎を基盤に、『惑星ソラリス』、『ツリー・オブ・ライフ』さながらの哲学を持ち込み、撮影演出は『インターステラー』から引用する。そして仄かにギリシア神話のケフェウスエピソードを盛り込んだ。情報過多な高カロリー映画ではあるのだが、緻密に描きこまれた世界と、各要素の本質を見極め、映画に取り込むジェームズ・グレイの超絶技巧に涙した。

そして、本作をIMAXで観なかったブンブンは後悔している。眼前に映り込む浮遊と、映像的感動は、最初に『2001年宇宙の旅』を観た時のような興奮があり、予告編で抱いていた不安は全て吹き飛んでしまった。

これはジェームズ・グレイの原点である『リトル・オデッサ』や『裏切り者』を観て、彼の軌跡をさらにじっくりと味わいたい。そして、まだまだ計り知れない伸び代を見出したブラッド・ピットの力量、それに応えたグレイ監督の物語に涙したブンブンでした。

恐らく、来週には『ミッドソマー』がベスト1の座を奪ってしまうだろう。そうでなくても山形国際ドキュメンタリー映画際の作品群や、東京国際映画祭、東京フィルメックスのダークホースによってその座は奪われてしまうであろう。儚く、脆い刹那な玉座に鎮座する『アド・アストラ』と私の日々を大切にし、残りの数ヶ月を生きていきたい。

今度のアカデミー賞で最低でもホイテ・ヴァン・ホイテマには撮影賞獲って欲しい…

おまけ、フランスのポスター解説サイト見つけた

本作の情報を漁っていたら、面白いサイトを見つけました。

フランスのサイトLE STAGIAIRE DES AFFICHES(ポスター研修生)では、映画のポスターを分析するサイトで、フランス版『アド・アストラ』について詳細に解説しています。非常にきめ細かい分析となっているので、映画ポスター研究者必読のサイトと言えよう。Google翻訳等駆使して是非読んでみてください!

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