【ネタバレなし】『EIGHTH GRADE』A24が『レディ・バード』に次いで放った青春の波動

エイス・グレード(2018)
EIGHTH GRADE

監督:ボー・バーナム
出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトンエミリー・ロビンソンetc

評価:90点

今、サイコーに変で、サイコーに素敵な作品を大量生産している映画会社A24。日本でもここ最近ファンが増えてきて、日本公開スピードが早くなっている。来月には『アンダー・ザ・シルバーレイク』が公開され、11月には『リーン・オン・ピート

』が公開される。そして12月にはムエタイ版あしたのジョーだと話題になっている『暁に祈れ』が公開される。そんなA24ですが、新鋭監督を輝かせるのも得意で次々と、未来の鬼才のステップアップを手助けている。

それこそ『ムーンライト

』をアカデミー賞作品賞に導いたのもA24だし、原点回帰したホラー映画描写にトンデモないスパイスをまぶした『へレディタリー/継承

』(日本公開11/30)もA24だ。そして今回鑑賞した『EIGHT GRADE』もA24作品だ。本作で監督を務めたのは、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ

』で芸人仲間役を演じたボー・バーナム。実際にスタンドアップ・コメディ芸人として活躍する彼は今までも数本映画を撮ってきてはいたが、今回A24というビッグウェーブに乗って本格的に監督としての力を試した。彼の新作は、海外では非常に評判のいい作品である一方、似たような作品『レディ・バード

』が苦手だっただけに一抹の不安を抱えながら鑑賞した。しかしながら、本作は大大大傑作でした!監督も俳優も日本ではそこまで有名ではない為、日本に来るかどうか心配だが、多くの人に刺さるであろう作品なのは間違いない。ってことで、内容に触れていきます。

『エイス・グレード』あらすじ

ケイラ・デイは8年生。学校を卒業するまであと1週間だ。しかし、物静かで友達もいない彼女は、家でSNSにドップリ使っていた。インスタグラムで、パリピな同級生やセレブの投稿を見て憧れたり、Youtubeに自分の想いを吐露したりしていた。そんな彼女も、学校卒業まで1週間思い出作りに躍起になっていた。無理にパリピの集団に入ろうと背伸びしたり、イケメンに声を掛けたり。しかし、全てが空回りして…

マンブルコア映画のマスターピース

最近『フランシス・ハ』や『レディ・バード』のような狭い世界の中で、主人公が独り相撲のように自問自答しながら成長していく作品が量産されているような気がしませんか?日本映画だと、割とよくある光景なのだが、ここ最近アメリカ映画でもよく見かけるようになった。調べてみたところ、今アメリカでムーブメントとなっており、名前までついていました。こういった、インディペンデントでヌーヴェルヴァーグ映画のように本物の空間で撮り、主人公の内面に迫る映画を《マンブルコア(Mumblecore)》というのだ。《マンブルコア》とは、「モゴモゴとつぶやく」という意味で、元々中傷言葉として使われていました。それが『ハンナだけど、生きていく!』のアンドリュー・バジャルスキーの発言によって一つの映画ジャンルを象徴する言葉となった。そんな《マンブルコア》映画の重要人物グレタ・ガーウィグが監督・脚本を手がけた『レディ・バード』がアカデミー賞5部門ノミネートし、さらに《マンブルコア》映画のブームが勢いづいた。『レディ・バード』で大成功を収めたA24は、『EIGHTH GRADE』で再びイタイ少女の自然な惑いに注目した作品を手がけ、ROTTEN TOMATOESで批評家から98%の賞賛を得る大成功を収めた。
そんな本作ですが、間違いなく『レディ・バード』の先を行く作品。いうならば、《マンブルコア》映画のマスターピースとも捉えることができる。主人公の少女ケイラ・デイは、日本で例えるならば、中学校卒業間近の陰キャラだ。日本とは違い、アメリカの学校にはホームルームのクラスが存在しない。だから、露骨にスクールカーストが形成され、スポーツマンはスポーツマン同士と、オタクはオタク同士としか付き合わなくなりがちになる。『ブレックファスト・クラブ

』のように、なんかの事件で様々なグループに所属する人たちが強制的に邂逅する機会がなければ交わることはないのだ。そして、このケイラには友達すらいない。スクールカーストにも入れないような人だ。一応学校で軽く話す人はいるが、親密に話すような友達はいない。だがそんな彼女も思春期真っ盛りな女の子。恋をしたり、性に対する知識と邂逅し、嫌悪と好奇心の狭間で苦しんだりする。そんな思春期特有の悩みを吐露する場所がどこにもない為、彼女はスマホにドップリのめり込んでしまう。寝る前はもちろん、食事中もずっとインスタグラム等のSNSを眺めているのだ。そして、再生者数がほとんどいないYoutubeのアカウントで、学校では抑圧していた心の全てを明るく吐き出す。そんなスマホ中毒、SNS中毒な彼女を父は心配する。母親不在だけあって、父は一生懸命に娘の機嫌を取ろうとするのだが、それは彼女の心に土足で入り込むもの。ドンドン空回りして行く…

本作における、窓とスマホの役割

今や、社会人であっても自制することができないスマホいじり。タバコやアルコール、ギャンブルよりも強烈な現代の麻薬としてのスマホ、SNSが支配する世の中故、本作はチクチクと観る者の心に刺さるのだ。そして、ボー・バーナム監督は、SNSの中と現実の対比として、巧みに空間をコントロールした。

例えば、ケイラがSNSにのめり込んでいるシーンに注目する。そこには音楽が流れている、Enyaやパリピな音楽が流れている。そして、彼女がイケメン同級生に惚れる場面でも似たような雰囲気の音楽が流れる。この対比により、ケイラにとって、SNSは心の世界であることに気づかされる。また、プールでパリピが遊んでいる場面。ケイラは、部屋から窓を覗き込み、パリピを眺めている。そして、行こうかどうか悩み、そっと窓を開けてプールへ行く。ただ、パリピな空間にいるにも関わらず、人々は彼女を避けるように動き、孤独が彼女を包む。この描写があることにより、スマホやPCというスクリーンからパリピの世界を覗き羨望を抱いていた彼女が、意を決して現実世界に足を踏み入れるものの、疎外感が強くて辛いという気持ちが痛烈に浮き彫りにされていく。スクリーン越しの安全地帯から、一生懸命前に足を踏み出し、不器用故、その度に傷つく。それでも学生最後の日々を謳歌しようとする彼女の姿に泣けてくるのだ。ボー・バーナムはコメディアン故か、これまた間の使い方が絶妙で、気まずくなる瞬間を、徹底的に90分の中に入れ込む。吉田恵輔映画のように、笑いと共に背筋が凍る気まずさが映画を支配していく。これがまた泣けてくるのだ。そして鑑賞後、何故泣けてくるのかを考えた時に、今や現実世界でのストレスを吐露し、自分が行けない世界に対する羨望を抱く場としてのSNSと自分との関係性からケイラに対する共感が生まれていることに段々と気づかされていくのだ。

最後に…

本作は、『桐島、部活やめるってよ』や『レディ・バード』が好きな人には強烈に刺さる映画でしょう。それ以前に、中高時代、スクールカースト最下位付近でもがいていた者、3次元を捨て、2次元に生きた者にとっては、これ以上にないノスタルジーが込み上げてくることでしょう。日本公開は未定だが、是非劇場公開してほしいです!

それにしても、アメリカのYoutuberの動画を観ると、結構ケイラのようなスタイルで配信している方を見かける。日本では滅多に見かけない。ひょっとして、アメリカはスタンドアップ・コメディが主流だから、淡々一人語りスタイルの動画が多くて、日本はコントや漫才が主流だから、インパクト重視な動画が多いのだろうか?

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