【ネタバレ解説】『未来のミライ』ベルイマンの『野いちご』から謎を読み解く

5.『未来のミライ』は細田守版『野いちご』だ!

さて、いよいよ本題に入りたい。なんで、こんなにも『未来のミライ』は心理的、哲学的で難解なんだろうか?それは、本作が恐らくイングマール・ベルイマンの映画に影響をされているからだと考えられる。特に、ベースとなっているのが『野いちご』だ。

『野いちご』とは、医学の道に人生の全てを注ぎ込みスウェーデン王国から名誉学位を授与されることとなった老教授イサクの回想録だ。イサクは、授賞式の会場まで車を走らせ向かう。その道中で、彼は過去を振り返る。一見、外から見ると立派な学者、人格者に見えるが、私生活はズタボロ。あまりに医学に没頭しすぎて、家族に無関心だった為、妻は不倫をしてしまう。そして息子は、自分を見て育った為、彼女はいれど子どもを授かろうとしないような人物になってしまった。イサクはあまりに虚無な人生に絶望し、悪夢を見たりするが、自問自答、家族との対話をする中で過去の汚れを浄化して行く。

『未来のミライ』では、細田守監督がイサクとなって自分が今まで積み上げてきた作品、そして人生、さらには今現在の子育てを回想、妄想し、自問自答することによって、自分自身と折り合いをつける作品となっている。ただ、細田守監督は自分自身の子育て話を、そのままの目線で描くのを回避する為、子どもの目線から描いている。

細田守監督は、一応の観客に対する配慮として、中庭を妄想発生装置として使っている。くんちゃんが異次元に行くのは決まって中庭にいる時だ。愛犬ゆっこが擬人化し、時制がめちゃくちゃになり、様々な時代の家族と彼は出会う。その混沌の中でくんちゃんは自分なりの折り合いをつけようとするのだ。しかし、一歩進んで二歩下がる。なかなか折り合いがつかず、赤子のミライちゃんに暴力を振るってしまう。現実と向き合えないくんちゃんではあったが、次第になんとなく「母親も父親も大変なんだ。自分も自立せねば!」という気持ちが芽生えてくる。そして、現実の公園で自転車を補助輪なしで乗り回そうと特訓するようになる。それも初めて会った人たち協力の下。そして最後の最後に、ようやく自分の心のモヤモヤを浄化し、ホッとしたかのようにミライちゃんに歩み寄って物語は完結する。

こう考えると、訳が分からない物語の全貌が見えてくる。

6.『未来のミライ』は細田守版『仮面/ペルソナ』でもある!

そして、本作の独り相撲シーンは、ベルイマンの『仮面/ペルソナ』からインスパイアを受けていると考えられる。
『仮面/ペルソナ』とは、失語症になった女と彼女の担当医が対話によって自分自身と向き合って行く作品だ。ただ、この作品は、失語症になった女と彼女の担当医という二人の人物が段々と一人の人物になっていく斬新な演出がなされている。あまりに前衛的な演出の為、多くの映画監督に影響を与え、あの『ファイト・クラブ』や『マルホランド・ドライブ』で露骨に演出をパクられていたりする作品だ(最近だと『リズと青い鳥』にも恐らく影響を与えています)。

さて、『未来のミライ』ではどのような使われ方をされているのだろうか。

例えば、愛犬ゆっことの対話シーンに注目してみましょう。擬人化したゆっこは、くんちゃんに「オメェさては妹に対する嫉妬だな?」と言う。すると「嫉妬って何?知らない」と答える。そして《嫉妬》という現象に向き合わず、犬になりきって家を駆け回る。赤ちゃん返りではなく、ワンコ返りに陥り、本能的に愛を求める。

そして、物語中盤の幼年期の母と家をメチャクチャにする場面に着目してみる。孤独から、愛を求める幼年期の母。悪事を働くことで、親の注意を払おうとする。くんちゃんも、同類だ。幼年期の母と意気投合し、家をメチャクチャにする。本能のままに破壊願望を満たしていく。しかし、この場面では、幼年期の母が悪事を考えつくたびに「えっそんなことしていいの?」と問いかけるのだ。

まさに、自分自身がしていることに対する罪悪感。本能と理性の対立が描かれている。

本作で度々繰り広げられる、空想の物語は、回を追うごとにくんちゃんの微々たる成長が描かれているのだ。そして、自分自身の分身として、姿形を変えて様々な家族が登場する仕組みとなっている。まさしく『仮面/ペルソナ』で描かれていた、分身の虚実乱れた世界での会話による成長譚をやってのけている。

7.子どもが絶叫!あの恐怖シーンにもベルイマンのDNAあり

本作は、子どもが観ると強烈なトラウマを残す場面がある。それがクライマックスの、東京駅のシーン。くんちゃんは空想上で家出をし、東京駅に流れ着く。しかし、そこで進むべき道を失い迷子になる。親は迷子センターに連絡し、自分を救助してくれると思っている。しかし、構内放送からは見知らぬ子どもの迷子の知らせのみ。母親かと思って近づいたら、不気味な顔の女だったりしてくんちゃんは怖気付く。そして、忘れ物センターに行き、事情を話すのだが、親の名前が言えず、孤独児童隔離センター行きの列車に送り込まれそうになる。

この場面は、ブンブンですら悲鳴を上げそうになるぐらい怖かった。

現に、映画館に来ていたキッズは号泣していた。

この不気味さもまた、ベルイマン譲りだ。今となってはお洒落アート映画の巨匠として神格化されているが、実は彼はホラー映画の達人でもある。

『野いちご』では、時計の針が無い虚無の街を歩いていると、顔の潰れた男や暴走した馬車と遭遇し、終いには倒れている老人に腕を捕まれ迫られるという悪夢描写がある。『仮面/ペルソナ』のオープニングでは、暴走した映写機のを映し続けるとてつもなく怖い場面がある。『沈黙』では、閉塞感のあるホテルを舞台に、怪しい小人集団が迫ってくる描写がある。

いずれも、この世のものとは思えない世界の暴走した存在を描いている。一目見ただけで、自分の常識とかけ離れたもの、コントロールできない存在だとわかり背筋が凍る。

本作の東京駅のシーンは、まさしくこの手の恐怖を踏襲している。日本語だけでなく、ありとあらゆる言語が飛び回り、人々は忙しなく目的地を急ぐ。出口が見えない程の巨大な駅で迷子になってしまう恐怖。母だと思って近づいたら、壊れた顔の女と鬼婆という恐怖(非常に似たシーンが『野いちご』にもある)。そして、喧騒とした空間から、一気に静寂と暗闇の空間に投げ込まれ、頼れる人すらいなくなってしまう恐怖。家という狭いコミュニティの中で生きてきたくんちゃんにとって、それは常軌を逸した悪夢だ。

それを乗り越えた時のカタルシスはなかなかのものであったが、流石に子どもには酷過ぎると感じた。ましてや、地上波で放送した日には、、、

最後に…

『リズと青い鳥』に引き続き、アニメでベルイマンの面影を感じるとは正直驚きでした。また本作は、紛れもない細田守監督の集大成であり最高傑作でもある。大成功を収め、スター監督になっても決して観客に歩み寄ることなく、自分の作りたい作品を追い求める。そして自分の人生の汚れの全てを作品として浄化していく様にブンブンは感銘を受けた。

もちろん、本作は探そうと思えば欠陥なんて山ほど出てくる。結局、未来のミライちゃんは出オチだし、重要な伏線に見えたミライちゃんの痣は、放置プレイされる。母親の幼年期を何故くんちゃんは知っているのか(知っていなければ、妄想で登場するわけがない)?といった感じで次々と問題が山積みとなってくる。

しかし、ブンブンはそんな欠陥含めて本作が好きだ。限りなく満点に近い作品だ。

って訳で次回作も期待しようと思う。正直、エヴァンゲリオンよりも、満足度は高いに違いない。

おまけ1:ベルイマン特集開催中

なんと奇遇なことに、昨日からYEBISU GARDEN CINEMAでベルイマン生誕100年映画祭が開催されています。今回の記事で紹介した『野いちご』『仮面/ペルソナ』『沈黙』全て上映されます。どれも難解ではあるが、一度観たら忘れられない作品ばかり。特に『仮面/ペルソナ』はブンブンがオールタイムベストに入れる程凄まじい作品なので、気になった方は是非劇場に足を運んでみてください。

ベルイマン生誕100年映画祭公式サイト


↑クライテリオンからベルイマン39作品BOXが出るらしい。レア作『リハーサルの後で』や『サラバンド』も収録されているぞ…欲しい!

おまけ2:世界各国のタイトル集めてみた

ところで、『未来のミライ』って、日本語ならではのタイトル故、世界各国で上映するにはそれなりのタイトル改変が必要になってくる。「Mirai from the Future」なんてあまりにも芸がない。ってことで各国のタイトルを調べてみた。

アメリカ:Mirai(ある意味完璧解)
フランス:Miraï, ma petite sœur(『ミライ、ぼくの妹』フランスらしいタイトル)
スペイン:Mirai no Mirai(えっ本当に?)
ロシア:Мирай из будущего(『未来から来たミライ』日本語直訳)
中国:未來的未來(そのまま)
アラビア語圏:ميراي المستقبلية(そのまま)

個人的には、フランスのMiraï, ma petite sœurが一番しっくり来ました。

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