【オリヴェイラ特集】「神曲」オリヴェイラが解説する宗教と人間の関係

神曲(1991)
A Divina Comédia(1991)

監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
出演:マリア・ド・メデイルシュ、
ミゲル・ギレルムetc

評価:90点

先日購入したオリヴェイラDVD-BOXの一本「神曲」を観た。「神曲」と言ってもアイドルソングに群がるオタクを描いた作品でも、ダンテの「神曲」の映画化でもない。付属の冊子によると、「ダンテが死の彼方の別の生に力点を置いているのに対し、私の『神曲』はこの現在の世界の物語なのだ」とオリヴェイラが解説している。どうやら、オリヴェイラはダンテが描いた「神曲」のファンタジーとは真逆のベクトルで、テーマに向き合っているらしい。

そんな「神曲」はどんな作品なのだろうか?

「神曲」あらすじ

舞台はとある精神病院。そこでは患者が役になりきって物語の世界で生きていた。アダムとイヴは知恵の実(リンゴ)を囓り、失楽園の物語を生きる。ラスコーリニコフは夢の中で老婆を殺す。夢と現実が錯綜とする病棟で医者達は何を想うのか?彼らの物語はどうなっていくのか…

オリヴェイラと舞台

数年前に比べるとオリヴェイラ映画は入手しやすくなった。一番手軽に楽しめる作品に「アンジェリカの微笑み」と「ブロンド少女は過激に美しく」がある。この2本からオリヴェイラを知った方は、彼の絵画的演出に惚れ込んだことでしょう。しかしながら、オリヴェイラの作風のルーツは演劇であったと彼のフィルモグラフィーを追うと分かる。

本作然り、「階段通りの人々」や「メフィストの誘い」もそうだが、彼の作品は映画を拡張された舞台のように使用し、役者達に大げさな演技を求める。その最たるが、1985年に製作した「繻子の靴(しゅすのくつ)」だ。これはポール・クローデルの8時間を超える戯曲の映画化で、観客がホールに入るところから始まり、まるで今で言うライブビューイングのように演劇を映した作品だ(この映画版も7時間近くある)。

オリヴェイラ監督は、80年代頃まで「カメラは演劇を記録するための視聴覚媒体に過ぎない」と語っており、また証言と推論にある行間を啓示しようとする謂わば演じられないモノも演じようとしてしまう点に対し、演劇は演じられるモノしか表現されないので演劇の方が優れていると明言している。

それだけに、彼の作品は、強烈に観客に対し、「これは映画だ、フィクションに過ぎない」ということを突きつけてきます。それは本作でも現れている。

メタ要素としての演劇

さて、この「神曲」は精神病院を舞台に、患者が物語の登場人物になって演技をする様子が延々と映し出される。この手の作品だと、ピーター・ブルックの「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(通称:マラー/サド)」とタヴィアーニ兄弟の「塀の中のジュリアス・シーザー」を彷彿とさせられる。前者は、演劇を観る観客を映すことで、「所詮ゲテモノ見たさに集まったんだろ」という事実を突きつける挑発的な作品だった。後者は、囚人達が演じる「ジュリアス・シーザー」を通じて、人間は何かを演じているものだという事実を突きつけるこれまた挑発的な作品だった。

さて、この「神曲」はどうだろうか?上記で、オリヴェイラがダンテと比べて現実の物語を語ったと述べたが果たしてどうだろうか。

一見すると、普通の生活を送っている人にとって、あまりにも現実離れした演劇が行われていることに「現実の物語違うやん」と言いたくなる。寺山修司の「ノック」かと思うほどに、至る所で演劇が行われている。ただ、じっくり観ると、そこには人間の心理に関する非常に普遍的なことについて描かれていることが分かる。

本作で登場する話は、「失楽園」や「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」など、どれも宗教と人間の関係を描いている。「失楽園」は、楽園と言われていた場所に住むアダムとイヴが知恵の実を食べることで、楽園を出る話だ。「罪と罰」では、自分を天才だと思っているラスコーリニコフが自分の非凡さに自惚れ、老婆を殺す罪を犯すというもの。

どの話も「~してはいけない」というのを宗教で規定されており、その規定を破ることで新しい自己を獲得していく話だった。これらの話は共通して、宗教は人の行動を制限する道具として機能している(「失楽園」は「旧約聖書」のお話しなのに、宗教のメカニズムを語っています。)

つまり、本作は精神障がい者がこれらの話を演じることで、自分たちを縛る者(=医者)を倒す話にもなっていることが分かる。

誰しもが、一度は親や学校の先生、会社の上司との関係を破壊したくなることがある。その時に気づく、社会のシステムというものを、演劇や映画をメタ的に見せる。つまり「この世は作られた世界だよ。」と強調することで、普遍的で観ていて惹き込まれる作品へと昇華していったと言えよう。

非常に知恵熱が出て、かつ面白い作品でした。

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