『JLG/自画像』ゴダールの日記

JLG/自画像(1995)
JLG/JLG – AUTOPORTRAIT DE DECEMBRE

監督:ジャン=リュック・ゴダール

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

リチャード・リンクレイター『ヌーヴェルヴァーグ』に備えて、1本ぐらいゴダールを観ておくかと『JLG/自画像』を鑑賞した。後期ゴダールなので相変わらず映画というよりかは現代美術路線な作品ではあった。

『JLG/自画像』あらすじ

スイスのレマン湖畔。ゴダールが生活するここロールの自宅やアトリエ、そして幼い頃から親しんだ風景が、ゴダールの内面を示すように立ち上がってくる。少年時代を回想したり、手書きの創作ノートに書かれたアラゴンやヴィトゲンシュタイン、ディドロの一節を読み、映像で示し、歴史を、現代史を語るゴダール。音と映像の結びつきの実験が画面上に現出する。岸部を散歩するゴダールの耳に聴こえる、ロジェ・レナートの「最後の休暇」など、愛する映画作家たちの映画の音。否定すべきものを正面に見据えてこそそこにとどまると、ヘーゲルの言葉を引いて、湖畔の向こう側にあるフランスを「キングダム・オブ・フランス」と指差す。家政婦ブリジットが辞めると言ってくる。そして突然、フランスの国立映画局から査察官が立ち入り捜査にやって来る。ネガ(否定的なもの)こそ作らねばならないというカフカの言葉に続いて、盲目の女性が訪れ、編集助手を志願して来る。山奥で一人ラテン語でオウィディウスの詩を朗読する老女……。

※映画.comより引用

ゴダールの日記

本作はゴダールの日記たる内容となっている。日記を捲る。だが、そこには「存在と時間」などといった短いフレーズが書かれているか、あるいは無である。日記を書く時、当人の脳裏に浮かび上がるイメージを言葉にまとめあげていくわけだが、それを映像に位相をズラすとはどういうことか、彼は屋外/屋内のショット、屋内でも複数のイメージを並べることで表現しようとしている。印象的なのは映画そのものをカメラで撮影しているゴダールを撮るといった多層的時間をひとつのイメージで表現している点だろう。過去に作られたものをカメラ、見る、その状況を観測するといった3つの「今」でもって捉えていく。別の場面では絵画と、映画が同時に存在する。抽象化された過去とありのままの現実を捉えた過去を共存させながら、自分の感性をイメージに焼き付けていく。メディア論の映画として興味深く鑑賞した。