【第7回映画批評月間】『パリの記憶』砕け散ったトラウマをアナスタイロシスして

パリの記憶(2022)
Revoir Paris

監督:アリス・ウィノクール
出演:ヴィルジニー・エフィラ、ブノワ・マジメル、グレゴワール・コラン、マヤ・サンサ、ナースチャ・ゴルベワ・カラックスetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第7回映画批評月間でアリス・ウィノクール『パリの記憶』をようやく観た。これが素晴らしい作品であった。

『パリの記憶』あらすじ

パリでパートナーと二人暮らしのミアはブラッスリーで起きたテロに巻き込まれる。3か月後も日常を取り戻せず、記憶は断片的なまま、彼女は「再び幸せになる道」を探すため、記憶を辿り始める。エフィラはわずかな眼差しや沈黙の揺らぎにまで感情を滲ませながら、傷を抱えたまま日常を生き抜こうとする女性の内面を丹念に描き出す。崩れそうになりながらもなお自らを立て直そうとするその姿には、静かで痛切な強さが宿っている。本作で見事、セザール賞最優秀女優賞を受賞。

第7回映画批評月間より引用

砕け散ったトラウマをアナスタイロシスして

平倉圭は「ゴダール的方法」の中で見る=編集の方程式を見出している。ゴダールは我々の経験に基づく無意識なるイメージの統合を剥き出しにしているわけだ。この理論は様々な映画の批評において応用することができ、本作はこの観点で鑑賞すると凄まじい一本に思える。

ヴィルジニー・エフィラ演じるミアは、ラジオ局でロシア語の翻訳をしている人物である。彼女のとある一夜から物語は始まる。映画は、何気ない一夜の細部まで凝視する。パートナーが食事中に会社へ呼び出され、レストランを去る。ペンを忘れていたのでそれを回収し、2件目で手紙を書こうとするも、インクが漏れ出し、急いでトイレへ駈け込むといったアクションが捉えられる。そんな中、凄惨な銃撃事件に巻き込まれる。かろうじて彼女は生存したものの、それはトラウマとなり記憶喪失となる。映画が興味深いのは、決して記憶が欠落しているわけではない。日常を送る中で事件当日の断片がフラッシュバックするのだ。人間は、過去について述べる時に、過去のイメージを再生しながら言葉に翻訳することでその過去を掴む。だが、ミアは存在する過去は見えているが、霧のように掴めないものとなっているがために「思い出せない」と言うのだ。

砕け散ったトラウマを前に彼女はパリを彷徨う。そこでは事件当事者の集まりがあり、関係者が手繰り寄せようとする断片を聞かされる。我々観客は、事件当時の鮮明な断片を持っている。ここで正確な過去を述べる男と誤った過去でもってミアを断罪する女が現れる。そして、中心に事件後に行方がわからなくなった移民の男が配置される。彼女は粉々となった過去に対して痛ましい対話による追加の断片でもってアナスタイロシスしていく。

極めて文学的内容でありながら本作は、的確に過去のイメージを挿入していく。たとえば、現実逃避としてオペラ鑑賞を行えども、フラッシュバックがノイズとなってオペラの内容が一切入って来ず途中で帰宅する場面は正確な人間心理描写といえる。また、彼女はラジオ局でロシア語で話させる内容をフランス語に翻訳する仕事をしている。翻訳は100%訳すことが難しい中でいかに最適解を見つけていくかといった仕事である。語りに揺蕩う断片を当人の知識や考えを補いながらアナスタイロシスしていく仕事と解釈することができる。そんな仕事をしている彼女ですらトラウマのアナスタイロシスは茨道となる。

地を這うように切実な歩みを丁寧に包み込んだ本作に涙した。