【第7回映画批評月間】『メクトーブ、マイ・ラブ 第2章』Intermezzoの件はどうなった?

メクトーブ、マイ・ラブ 第2章(2025)
Mektoub, My Love: Canto Due

監督:アブデラティフ・ケシシュ
出演:シャイン・ブメディン、Jessica Pennington、サリム・ケシュシュ、オフェリー・ボーetc

評価:70点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

日仏学院にて開催されている第7回映画批評月間にてアブデラティフ・ケシシュの超問題作『メクトーブ、マイ・ラブ 第2章』がお披露目となった。本作は『アデル、ブルーは熱い色』でパルム・ドールを受賞したアブデラティフ・ケシシュがフランソワ・ベゴドー「La Blessure, la vraie」を10年以上の歳月をかけて映画化した壮大なプロジェクトのひとつであり、製作当時から金策に苦慮し、パルム・ドールを売ってまで資金調達した作品となっている。ケシシュ自体、トラブルメーカーであり様々なパワハラ/セクハラの嫌疑がかけられており、映画人としての終焉を迎えつつある中でなんとか制作を続けてきた。そんな本シリーズだが、2019年に発表した2作目《Intermezzo》が3時間半に及ぶ上映時間の大半がお尻や胸のアップでありポルノ紛いの作品としてカンヌ国際映画祭上映時に物議を醸し、映画祭を最後に現在も上映はもちろん配信すらされていない封印作となっている。日本では矢田部吉彦とNISHI THE WILDが鑑賞しているのだが、評価は真っ二つに分かれており、前者は否定/後者は賞賛となる結果となった。《Intermezzo》に関しては、海外で上映の署名運動が行われたり、再編集版を公開しようとする動きもあったが、結局権利処理が上手くいかなかったらしく上映にまでいたらなかった。

そんな問題のシリーズだが、2025年7月に驚くべきニュースが舞い込んできた。世界有数のロカルノ国際映画祭の2025年コンペティション一覧が発表されたのだが、そこに3作目『メクトーブ、マイ・ラブ 第2章』が入っていたのである。そこで海外メディアを調べてみたのだが、《Intermezzo》の件はなかったことにされているのか有耶無耶にされていた。フランスで一般公開されると批評家の評判は高くAlloCinéの平均星評は4.0と高かった。試しにカイエ・デュ・シネマを読んでみたのだが、元々作品と背景を切り離して考える傾向の強い媒体ということもあり、この問題には明確に触れられていなかった。

強行突破に近い形で上映された本作、そして現在脳卒中で療養中につき、もしかするとケシシュ監督最期の一本になりそうな本作を恐る恐る日仏学院で観てきたのだが、複雑な思いが募る一本であった。

『メクトーブ、マイ・ラブ 第2章』あらすじ

パリでの学業を終えたアミンは、映画の夢を胸に南仏セートへ帰郷。休暇中のアメリカ人プロデューサーが偶然彼の企画『存在の普遍的原理』に興味を持ち、著名な女優で妻のジェスを主演にと望む。だが、思い通りには進まず、運命は思わぬ展開をもたらす。

「撮影開始からおよそ10年を経て、映画作家の“呪われた三部作”の新作がついに公開される。終わらない夏を引き延ばすかのように、スキャンダルへの不穏な応答として、登場人物たちに黄昏のラストダンスが与えられる」サンドラ・オナナ(「リベラシオン」)

※第7回映画批評月間より引用

Intermezzoの件はどうなった?

本作は第1章と蝶番の関係となっている。1作目におけるアミンがトニの激しい行為を覗くことから始まる青春が本作では終焉へと繋がってくるのである。確かに陰キャのアミンは成長した。パリピの輪に入れず、太陽が燦々と輝くリゾート地の中で家へ引き篭もり、ドヴジェンコ『武器庫』を観る陰キャムーブから本作ではアメリカ人映画プロデューサーの会食へ潜入し、パリピトークについていけず狼狽えながらも果敢に自分の脚本を売り込むまでに成長している。

相変わらずケシシュ監督は、痴話話の名手であり、もはや映画として破綻するギリギリのところで笑いの瞬間を的確に捉えていく。序盤では、閉店したレストランにプロデューサーと妻で女優のジェシカが押し入り飯を注文する。よりによって時間がかかりそうなクスクスを注文するクズっぷりを発揮する(クスクスの前にスパゲッティをジェシカが汚く貪るシーンがあるのだが、『アデル、ブルーは熱い色』でもやっていたのでケシシュ監督のフェチと思われる)。また、映画の脚本をアミンが披露する場面では、医学部を中退して書いたSF映画のタイトルが『存在の普遍的原理』と哲学書と混同したものとなっており、しかも内容が『ブレードランナー』を数センチズラしたようなパクリ脚本であり噴飯ものである。上映前に坂本安美さんが本作のアミンはケシシュ監督の分身と語っていたが、あのような強面ビジュアルで陰キャの極みであることにジワる。

ただ、映画としては、そもそも1作目でヒロインを演じたオフェリー・バウが監督からオーラルセックスシーンを強要されたと主張した件もあってか、あれだけトニと一緒に熱い関係になろうとした話をぶった切るように両者とも今度はジェシカを取り合う展開に変わっており、しかも終盤の展開があまりにもハードコアだったため、何も変わっていないなと思ってしまい声高らかに評価できない一本となった。

ちなみに、終盤のシーンがやけに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の後半と撮影が似ているのは、《Intermezzo》をカンヌ国際映画祭に出品した際のコンペにいたから観てインスピレーション受けた感じなのだろう。是枝裕和が『怪物』で『CLOSE』っぽいことをしていたのと状況は似ている。