ルート1/USA(1989)
Route One USA
監督:ロバート・クレイマー
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
日仏学院で開催されているフランス実験映画祭2026にてロバート・クレイマー作品が大量に上映されている。以前、DVDBOXで『マイルストーンズ』『アイス』を観て苦手な監督だなと思いつつも、本作こそがマイルストーンでありマスターピースなので観ることにした。これはかなり面白い一本であった。
『ルート1/USA』あらすじ
10年ぶりに故郷アメリカへ戻った主人公ドクは、米国最北東端メイン州からフロリダへと約4,000キロの旅路を、ハイウェイ〈ルート1〉に沿って辿っていく。1987年から88年にかけて、クレイマーは自らの分身とも言うべきドクとともに、フィクションとドキュメンタリーの境界を横断しつつ、人々のすぐ傍らへと身を置き、その息遣いに寄り添いながらカメラを回す。そこに浮かび上がるのは、社会的不正義、人種差別、政治的分断によって引き裂かれ、四散したアメリカの断片である。それらの破片を一つひとつ拾い集め、再びひとつの像へと編み直していくクレイマーの代表作。
※日仏学院より引用
点のワイズマン、線のクレイマー
エリア・カザン『アメリカ アメリカ』やストローブ=ユイレ『アメリカ(階級関係)』のように、船でアメリカに渡ってきた者のこれから人生が始まる手触りから映画は始まる。主人公であるドクはルート1を巡りながら即興的に80年代のアメリカを時にドキュメンタリー、時に劇映画として撮っていく。段々と虚実の境界が曖昧となる中に、アメリカ社会の断片をモザイク状に当てはめることで肖像画を築き上げる。この手腕が面白い。そして、ショットの構成がワイズマンに近い点にも惹き込まれる。クレイマーはワイズマンと異なり、被写体にカメラを意識させているのだが、建物の外側から中へ侵入、その逆を行うことで、小さい領域の社会システムを捉えるアプローチは共通するものとなっている。ただし、ワイズマンは元々弁護士であったため演繹的なアプローチ、つまり『高校』『ニューヨーク公共図書館』『ボストン市庁舎』といった大枠の領域に対して個別の事象を捉え、その領域の本質を見出すアプローチなのに対して、クレイマーは帰納的である。モノポリーの出荷、図書館でウェブスター時点の差分を調べる、地方都市で40年も働いている者からホームレス同然の人まで具体的事象を並べていきながらアメリカとは何かを見出そうとしている。表層的に見れば点と線の関係性であることを除けば同相といえそうな作風でありながら、本質では正反対な関係性にあることが面白い一本であった。それにしても、チェーンソーで足を切る場面、作為的なショットなので劇映画パートのように思うのだが、実際はどうなんだろうか。こういった虚実曖昧さから来る怖さ含めて面白かった。










