【羽田澄子特集】『早池峰の賦』失われゆく文化の熱気を収めて

早池峰の賦(1982)

監督:羽田澄子

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

シネマヴェーラにて開催中の羽田澄子特集最大の目玉といえよう『早池峰の賦』を観た。昨年、国立映画アーカイブで上映されていたものの、シフトの都合で観に行けなかった作品だ。彼女の映画は配信もDVD化もされていないことが多く、一度逃すと取り返しのつかない監督の筆頭なので足を運んでみた。シネマヴェーラにしては異様なまでに空いていたが、素晴らしいドキュメンタリーであった。

『早池峰の賦』あらすじ

柳田國男の「遠野物語」などで山岳信仰の地とされた岩手県北上山脈の早池峰山。そこで生まれた山伏神楽が、麓に住む人々の信仰心とともに代々受け継がれてきた様を追う。舞がとにかく素晴らしいのだが、それは近代的な舞踏とはかけ離れた祈祷であり、神を顕在化させる行為だ。伝統的曲り家を壊し、農業以外の職に就き、生活は変わっていくが、変わらないものがある。雪山を捉えたショット、秋山邦晴の音楽、巧みな構成も素晴らしい傑作。

映画.comより引用

失われゆく文化の熱気を収めて

本作は文化人類学ドキュメンタリーとして岩手にある早池峰山で生まれた山伏神楽を追っている。かつて、山伏神楽は、村から村へ整備されていない道を数か月にわたり練り歩きながら巡業していたという。道が整備されたため、芸人たちは車で村を渡り演目を行う。この伝統芸能は都市部にも知れ渡っており、銀座へ出張することもある。だが、本作では縮小していく村の翳りから山伏神楽がなくなってしまうのではといった危惧を基に制作されている節があり、文化の継承、衰退にフォーカスが当たっている。幸いにも、現役の芸人の息子たちが意欲的に継承しようとしている様を描きつつも、彼ら/彼女らが生業としているタバコの原材料である南部葉の栽培は過剰生産によって今年が最後の栽培になるかもしれないと語られる。恐らく映画は、山伏神楽の衰退を撮ろうとしていたのだと思うが、南部葉の栽培が深刻だったため、後半では栽培文化のアーカイブに注力されていく。幸いにも調べてみたら、本作から約半世紀近くたった2026年時点でも山伏神楽は残っていたものの、こうしたドキュメンタリーでアーカイブしていく活動の重要性を痛感したのであった。