『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』強制参加推し、燃ゆ

ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー(2023)
High & Low – John Galliano

監督:ケヴィン・マクドナルド

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2011年に「俺はヒットラーが大好きだ」「お前みたいな奴は死んだほうがマシだ。親も毒ガスで殺されればいい」と酔っぱらった状態で差別的な発言をし、ファッション業界から一時期追放されたジョン・ガリアーノが10年以上経ち当時を振り返るドキュメンタリー『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』。MUBIでの評判がやたらと高いので観たのだが、これが恐ろしい作品であった。

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』あらすじ

Examines the rapid ascent, fall from grace, and journey forward for controversial fashion designer John Galliano.
訳:物議を醸したファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノの快進撃、転落、そして前途を検証する。

IMDbより引用

強制参加推し、燃ゆ

この手の不祥事ドキュメンタリーを観る場合、多くは被写体と一定の距離を置いて観るだろう。また、シネフィルの場合、対象のことを全く知らない状態で観るケースもあるだろう。本作は、そういった観客をまずジョン・ガリアーノ推しにさせるところから始まる。

2時間あるうちの1時間20分近くまで、ジョン・ガリアーノの華々しいキャリアが所狭しと並べられていくのである。『成功したオタク』と違い、監督のケヴィン・マクドナルドはドキュメンタリー、劇映画幅広く手掛ける映画職人であり、『[ブラック・セプテンバー]ミュンヘン・テロ事件の真実』ではアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞している。それだけに演出が巧妙であり、アベル・ガンスの『ナポレオン』のフッテージを軸とし、彼の華麗なキャリアをプロパガンダ的に捉えていく。そして、映画はファッション業界における過労問題へと斬り込んでいく。エンジニアの世界ではよく、「個人が悪いのではない。システムが悪い。」といった論理プロセスを取る。本作の前半では、ジョン・ガリアーノが人種差別的発言をしたのは業界の問題であると落とそうとしているように見え、彼の復帰後のキャンセル運動が悪として演出されているように見える。「彼を許すべきか?」に焦点が置かれ、映画は彼を許すべきに着地しようとしているかに思える。

ただ、それだけならここまで評価が高くはならない。むしろ大炎上する映画になるだろう。本作が興味深いところは、本題への入り方がとても怖いところにある。

1時間20分付近で、流出した差別動画についての質問が投げかけられる。ジョン・ガリアーノは「あの動画ね、俺も観たよ」と言うのだが、質問者は「あのインシデントは複数に分けられる」と語る。対して、「えっ、ひとつだけでしょ。あの動画のことだろ、ちょっと待って!」と焦る。そこへテロップが表示される。「実は、あれは3つのインシデントに分けられる」と。

質問者とジョン・ガリアーノの間で認識差が生まれ、彼の中で消化した問題だと思っていたものが、実は無意識レベルに残存していたことに気づかされる強烈な場面となっているのだ。ここからはネタバレになってしまうので、実際に劇場で確かめてほしいのだが、ケヴィン・マクドナルド監督はジョン・ガリアーノに同情する土壌を作ったうえで観客に判断を委ねる手法を開発し、この映画を観る者が彼との距離を置けない状況でいかに判断するかの思考実験の部屋を用意した。

映画業界でも園子温のように問題が浮上する監督がいる。そうした時は作品に触れなければよいのだが、映画はそうした無視もできない状況に観客を追い込み、問題と対峙させるのである。そのため、観た後、心がざわつくのは必至である。とにかく、あれだけ非凡なショーを実現させていた人を問題を軸にどう評価すればよいのか?すぐに答えはでない。そのモヤモヤを抱えることが重要な一本なんだと感じた。