紫の家の物語(2022)
Tales of the Purple House
監督:アッバース・ファーディル
評価:50点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
山形国際ドキュメンタリー映画祭に来た。4年ぶりの現地開催なので、気合が入る。初手から3時間クラスの大作『紫の家の物語』を観た。
『紫の家の物語』概要
映画作家と、画家であるその妻が、レバノン南部にある紫の家で暮らしたコロナ禍の二年間を、三部構成で示していく。猫たちと静かな生活を送りながら、隣人の移民の子供と交流を重ね、絵を描き続ける日々。リビングのテレビには、小津安二郎やアンドレイ・タルコフスキーらの映画の一場面が流れていく。他方で2020年に起きた港湾の大爆発事故、反政府デモの様相、経済危機に追い討ちをかけるウクライナ戦争の勃発も、彼らの日常と地続きの出来事として記録された。崩壊する世界を生きること、そこに芸術が存在する意義にも迫っていく。
ベイルートの今
本作はイラク出身監督アッバース・ファーディルがレバノンに住むある芸術家に迫った作品だ。彼は5時間半に及ぶ『祖国 イラク零年』で知られる監督である。18歳の時にイラクから離れた監督が15年ぶりに故郷へ戻ってきて、戦火に晒される日常をありのまま撮った作品だ。フランスで話題となりギョーム・ブラックはカイエ・デュ・シネマにて2010年代ベスト映画の1本として本作を選んだ。
アッバース・ファーディルの密着取材型の撮影は今回も踏襲されている。ベイルート郊外に紫の家を構えているある芸術家を撮る。彼女は絵を描き、ベイルートの画廊に売り出すが、2020年から始まったコロナ禍にベイルート港爆発事故といった社会事情により行き詰まってしまう。街ではデモや暴動が多いらしく、まともに商売ができない。インターネット販売もできない状態で完全に行き詰まってしまう。そんな彼女のアンニュイな生活を猫と共に描いていく。興味深いのは隣人の婆さんが語りかける場面にある。彼女の生活は政情不安で停滞している。だが、おばあちゃんはこうしたものをポジティブに捉えようとしており、大きな困難を前に宗教や人種を超えて団結が生まれることを豪語するのである。
また、本作では猫が頻繁に登場する。ドキュメンタリーにおける猫といえば、想田和弘作品を思い浮かべるが、こちらの猫は凶暴である。鳥やネズミ、蛇といった小動物と戯れあいながらボロボロに解体してしまうところが明確に映し出されるのだ。また、子どももYouTubeだったらBANされてしまうであろう、蛇の頭を木の棒ですり潰して遊ぶ場面が何度も捉えられる。
正直、この描写が蛇足な気がして3時間の必要性を感じることができなかった。三部構成になっているのだが、この猫を中心とする日常描写が章立てにノイズを与えてしまって、必要性を薄めてしまったからだ。映像は綺麗であり、例の爆破事故後のベイルートにおける温度感を知れたのは学びであったが、やるならもっと踏み込んでほしかった。