【東京国際映画祭】『正欲』YouTube時代にクローネンバーグ『クラッシュ』が作られたら……

正欲(2023)

監督:岸善幸
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香etc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第36回東京国際映画祭のコンペティション部門で朝井リョウ原作の『正欲』が上映された。正直、期待していなかったのだが、今年ベストレベルで凄まじい作品だった。というのも本作はなんと分かりやすくなったデヴィッド・クローネンバーグ『クラッシュ』だったのだ。

※監督賞、観客賞を受賞しました。

『正欲』あらすじ

第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説を、稲垣吾郎と新垣結衣の共演で映画化。「あゝ、荒野」の監督・岸善幸と脚本家・港岳彦が再タッグを組み、家庭環境、性的指向、容姿などさまざまな“選べない”背景を持つ人々の人生が、ある事件をきっかけに交差する姿を描く。

横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突を繰り返している。広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月は、中学の時に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。大学のダンスサークルに所属する諸橋大也は準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子は、大也のダンスサークルに出演を依頼する。

啓喜を稲垣、夏月を新垣が演じ、佳道役で磯村勇斗、大也役で佐藤寛太、八重子役で東野絢香が共演。

映画.comより引用

YouTube時代にクローネンバーグ『クラッシュ』が作られたら……

『クラッシュ』は車が衝突する瞬間に性癖が刺激される者たちの集会を描いた作品である。車は移動手段である。AからB地点に行くのが仕事だ。それが未達に終わってしまう。車の一方通行性を強調するように高速道路が映し出され描かれるこの映画は、社会というレールに対する反発をありのまま受け入れる状況をメタファーとして描いているように私は解釈した。

そして『正欲』は社会というレールの息苦しさからの解放をYouTube時代、インターネット時代に歩み寄る形で表象していった。30代近くなり、恋愛、結婚の足音が足枷のように重くのし掛かる状況。新垣結衣演じる女は本音を押し殺すように毎日を生きていた。そんな彼女は、水のASMR動画を観て癒されるようになる。一方で、不登校の少年は同世代のYouTuberに憧れ、父親の懐疑を押し切って友人と配信を始める。はたまたある女は、多様性をテーマにしたダンスの企画を持ちかける。これらのエピソードが次第に絡み合っていき、社会において居場所がないと感じる者たちが、独特な居場所を作り上げていく。

映画業界においてYouTubeのようなメディアを下に見えているような風潮を常に感じており、実際に映画で描かれるYouTube像はYouTuberからすると非常に違和感があるケースが多い。もちろん、本作も言いたいことがないわけではない。子ども系YouTuberの動画においてSEを入れるタイミングが極端だったり、ASMRで異界の扉を開くのであれば水動画よりも女性VTuberが「ザーコ♡ザーコ♡」と煽る動画の方がリアリティあるんじゃないか?YouTubeには、毛虫を脱毛器にかけたり、カマキリの尻からハリガネムシを出す。義眼を取る、ずんだもんや春日部つむぎにあんなことやこんなことをさせるなどといった色んな性癖歪む強烈なコンテンツがあるが、そこまでの強烈な領域にまでは辿り着いてない。言い出せば多いのだが、少なくとも本作における子ども系YouTuberはちょんまげ小僧チャンネルの動画をかなりリスペクト持った形で参考にしているし、映画となるとゼロから作らないといけないであろうSEやフリー音源も現実的なものに落とし込まれていてよかった。

そして、本作はなによりも性癖で性癖を隠す描写があることで、性癖像に階層を持たせることに成功しているのが良い。単純に虚構的消費、性癖の消費は犯罪か否か問題に転がることなく、また安易に問題を解決することなく観客に投げて映画は終わる。それにより確かにインターネットで同じ性癖を持つ者同士繋がることはできるようになったが、それでも存在してしまう息苦しさを的確に捉えることに成功したといえよう。

2020年代最重要日本映画であることは間違いない。

※映画.comより画像引用