【読書感想文】『ジャクソンひとり』なんかね、すっごい濁点が多く聞こえるの。

ジャクソンひとり(2022)

著者:安堂ホセ

『ジャクソンひとり』あらすじ

「実際に生きてるってこと。盗用したポルノごっこじゃなくて」
アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――。
スポーツブランドのスタッフ専用ジムで整体師をするジャクソンについての噂。
ある日、彼のTシャツから偶然QRコードが読み取られ、そこにはブラックミックスの男が裸で磔にされた姿が映されていた。
誰もが一目で男をジャクソンだと判断し、本人が否定しても信じない。
仕方なく独自の調査を始めたジャクソンは、動画の男は自分だと主張する3人の男に出会い――。

河出書房新社より引用

なんかね、すっごい濁点が多く聞こえるの。

先日、青山ブックセンターにいったら一冊の本のヴィジュアルに惹かれた。禍々しいオーラを纏った男、それを取り巻くような緑。どこか水と油のように見える構図、そこに「ジャクソンひとり」とタイトルが刻まれていた。どうやら芥川賞候補作品らしい。

手に取ってみた、買ってみた、読んでみた。

これが強烈な内容であった。スポーツブランド専用のジム、彼のTシャツに刻まれた謎のQRコード。それを読み取ると裸で貼り付けられたブラックミックスの男がいた。別人にもかかわらず周囲の人は「ジャクソン」だと認識する。「黒人」という群に押し込められ、個が殺されてしまったのだ。まるでデヴィッド・クローネンバーグ『ビデオドローム』のような、ディスプレイに吸い込まれていく男の物語を通じて、ラベリングによって見えなくなってしまう世界。無意識なる差別が炙り出される。

英語圏の文化に詳しい人なら「アメリカで黒人に対してニガーと言うのはダメだ。黒人同士がニガーと言うのと訳が違う。」といったことを聞いたことがあるだろう。なのでニガーは使用不能なワードとして脳裏に刻まれている。しかし、日本においてそもそも「黒人」と言うことはどうなのだろうか?実際に作中で、「なんかね、すっごい濁点が多く聞こえるの。」と言語化されている。つまり、我々が「群」として便宜的に使用しているワードがノイズとして当事者を抑圧していることを本作は批判しているのである。この指摘は強烈であり、私自身無意識に使用していたと反省せざる得ない。

また、本作はテクノロジーに潜む無意識な差別をも炙り出す。タイトルこそ言及されないが、明らかに『君の名は。』を指し示したアニメ批評が展開される場面がある。『君の名は。』における入れ替わりは髪も制服も取ったら同じ顔じゃん、メシと夕焼けを緻密に描き込むより先にやることがあるだろう。と叫ぶ。それに対して、日本のアニメには多様性があると反論し、「スクリーントーン」という技術的な話に横滑りさせる。しかし、それに対して「登場する人物に『スクリーントーン』貼らないよね」と人種における工数問題から無意識なる差別を指摘する。恐らく、技術に詳しい人なら「それは仕様だし、そこに平等を求めるのは効率化を目指しながらクリエイティブなことを目指す技術の領域においてはナンセンスなのでは?」とツッコみたくなるだろう。

ただ、Netflixで配信されているドキュメンタリー『AIに潜む偏見: 人工知能における公平とは』を観ると浮かび上がってくるものと近い。技術は人間社会の複製であり、合理的であることの裏には無意識なる差別や偏見が潜んでおり、それが壁を生み出してしまっているのだ。この言及を一旦、保留ないし受容した上で、技術を見直す必要があるなと感じた。読了後にズシンと心に残り続ける作品であった。

※Amazonより画像引用