金の国 水の国(2023)
監督:渡邉こと乃
出演:賀来賢人、浜辺美波、神谷浩史、沢城みゆきetc
評価:75点
↑音声版です。他にも『a human position』や第95回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート作の『A House Made of Splinters』、全編VRChat内で撮った『バーチャルで出会った僕ら』などの話もしました。
おはようございます、チェ・ブンブンです。
先日、映画の集まりに行った際に『金の国 水の国』は年間ベスト級に面白かったとの声を聞いた。ヴィジュアルに全くピンと来なかったのだが、熱量から観た方が良さそうだと思い、TOHOシネマズ新宿で観てきた。問題も少なくない作品ではあるが、ヒットしてほしいと思わずにはいられない作品であった。
『金の国 水の国』あらすじ
2017年「このマンガがすごい!」で第1位を獲得した岩本ナオの同名コミックをアニメーション映画化。
商業国家で水以外は何でも手に入る金の国と、豊かな水と緑に恵まれているが貧しい水の国は、隣国同士だが長年にわたりいがみ合ってきた。金の国のおっとり王女サーラと、水の国で暮らすお調子者の建築士ナランバヤルは、両国の思惑に巻き込まれて結婚し、偽りの夫婦を演じることに。自分でも気づかぬうちに恋に落ちた2人は、互いへの思いを胸に秘めながらも真実を言い出せない。そんな彼らの優しい嘘は、やがて両国の未来を変えていく。
俳優の賀来賢人がナランバヤル、浜辺美波がサーラの声を担当。「サマーウォーズ」のマッドハウスがアニメーション制作を手がけ、テレビドラマ「コウノドリ」の坪田文が脚本、人気アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」やNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のエバン・コールが音楽を担当。
一寸先は国家衰退の闇
児童文学的なタッチとは裏腹に、いきなり複雑かつリアルな政治闘争が語られる。犬猫の糞尿がきっかけで金の国と水の国は国交を断絶する。以前から、いがみ合う関係であったが、決定的に引き裂かれるイベントが些細なことなのは現実社会でも大なり小なりあることであり妙に生々しい。ある時、国交を回復する為に金の国は女を、水の国は男を差し出すことになる。しかし、国家間の思惑により、金の国は猫を、水の国は犬を送りつける。つまり侮辱行為を突きつけ合うのだ。その渦中で金の国の王女サーラと水の国の建築士ナランバヤルは出会う。勘の鋭いナランバヤルは自分の行為ひとつで、再びふたつの国は戦争に陥り、衰退することに気付かされる。とんだ修羅場に巻き込まれたふたりは、なんとかして個人の危機と国家の危機を乗り越えようと作戦を企てる。
原作が良いのだろう。中央アジア〜中東を彷彿とさせる耳馴染みのない固有名詞の応酬ながらも惹き込まれる。それは物語がロマンチックでダイナミックだからであろう。また、人間関係が妙に生々しいからであろう。特に金の国の情勢はグロテスクだ。国のトップ層は、祈祷師とスター俳優をアイコンとして頼っている。しかも、双方の派閥で揉めている状態である。外からたくさんの人が流入し、活気付いている街でありながらも、水不足により静かに衰退もしている。それを、祈祷師やスター俳優といった信仰で誤魔化している。その状況に否を唱える者は、時として監禁される。栄えていながらも、暴力で問題を封殺している社会といえる。そんな金の国が、水資源を奪おうと政治戦を繰り広げている中にサーラとナランバヤルは巻き込まれる。ナランバヤルは、なんとかして平和に解決できないかと、分析力と交渉力を活かして、スター俳優の心の隙につけ込んでいき、とあるプロジェクトを立ち上げる。
もはや目先の利益しか追わなくなり、未来を見なくなったトップ層の思想を変えようと、様々な人物を味方に取り込んで暗躍する姿を観ると、中間管理職の悲哀を感じる私の心は鼓舞される。想像以上に熱いドラマとなっていた。
また、もし金の国が現実にあったら世界遺産になったであろう文化交流の街ならではのハイブリットでシームレスな建築、文化描写に注目である。サーラが用意する料理にはジョージア料理ハチャプリがある。かと思えば、中東料理ピタパンが現れる。建築もペルシア式庭園を思わせる水路の張り方、マスジェデ・ジャーメの窪みからゴシック様式建築に見られる交差リヴ・ヴォールト、イタリアのポルチコ文化、そして和風なお風呂と多種多様な建築様式が共存している。この豊かな様式の交差は、金の国がいかに多くの文化を取り入れて発展していった街であるかに説得力を与えているのだ。
一方で、映画は説明セリフの応酬と、スベっていると思しきギャグ演出により、運動で物語っていないなとも感じた。過剰な説明セリフは、基本的には好まない。しかし、複雑な社会情勢を踏まえた物語を老若男女多様な観客に楽しんでもらうためには必要な気もした。このように考えると、寒いギャグパートを抑えたら、鋭い映画になったのではと思う。惜しい映画ではあったが、この映画がヒットすることによりモフセン・マフマルバフやテオ・アンゲロプロスといった日本では耳馴染みのない名前を聞いても臆せず挑戦する映画ファンが増えるのではと期待している。
※映画.comより画像引用