小さき麦の花(2022)
原題:隐入尘烟
英題:Return to Dust
監督:リー・ルイジュン
出演:ウー・レンリン、ハイ・チンetc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第72回ベルリン国際映画祭コンペティションに選出され星取4.5/5.0と高得点を叩き出すも無冠に終わった”Return to Dust”が邦題『小さき麦の花』で2023/2/10(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開される。監督のリー・ルイジュンは、第27回東京国際映画祭コンペティション部門に『僕たちの家に帰ろう』が選出され、その後も『路過未来』がカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品されるなど今注目の中国映画監督である。本作は、動植物のライフサイクルに合わせ、10ヶ月という長い時間かけて撮影された。そんな『小さき麦の花』をマジックアワーさんのご厚意で一足早く鑑賞したので感想を書いていく。
『小さき麦の花』あらすじ
中国西北地方の農村を舞台に、互いに家族から厄介払いされ見合い結婚させられた貧しい農民のヨウティエと内気なクインが、やがて互いを慈しみ、作物を育て家を作り、慎ましくも強い絆で結ばれた日々を追った<永遠の愛>についての物語。
熟成された親密さに「愛している」なんて発声はいらない
ムスッとした男と女。カメラマンが、「もうちょっと寄って!顔を上げて!」と指示を出すものの全然やる気がない。人形のように魂の入っていないふたりを整えようやく写真が撮られる。貧しい農民のヨウティエ(ウー・レンリン)と内気なクイイン(ハイ・チン)は、村人たちの気遣いにより見合い結婚させられたのだ。半ば強引に結婚させられたふたり。言葉を交わすことは少なく、ヨウティエは淡々粛々と、レンガを拵え家を建てていく。麦を育てていく。その傍ら、業者に安く買い叩かれる。Rhマイナスの血を欲する村長のために腕を差し出す。搾取される日々を送っているのだ。そんな状況に文句を言わず粛々と自分とクイインの聖域を作っていく。やがて、ふたりには言葉を超えた親密な関係が生まれていくのである。
本作は90分近くかけて、家が築かれる様子から愛情が熟成されていく過程を紡いでいく。豊穣静謐、ひとつまみの胡椒を添えた空間を前に「愛している」なんて言葉は不要だ。これだけのスローシネマなら、凡庸なのではと思うかもしれない。しかし『小さき麦の花』の場合、家を建てる過程、麦を収穫する過程の手数が非常に多く、惹き込まれるものがある。
例えば、レンガを作る作業がある。型に粘土を入れて、重い足取りで2つレンガを落とす。やがて、円周上に膨大なレンガが並べられる。気の遠くなるほどの労力がかかっていることが、このショットで分かる。自然は残酷である。幾つかのシーンを跨ぐと土砂降りの嵐に見舞われ、その労力が水の泡となりかける。そんな状況下でふたりは抱擁しながら、なんとか事態を収拾させようとする。この身体表象が親密さを強固にする。また、屋根を張るため、ロール状のものを敷く場面では、真上から梯子を登るヨウティエを捉える。上から、下から、横からダイナミックに撮ることにより、家ができてくる躍動感を生み出している。
映画が終わってみると、「タイパ」時代に生きる今を内省したくなる。時間に追われる現代人。人間関係すらタイムパフォーマンスによって築かれているのではないだろうか?人間関係とは長い時間かけて、場や感情を共有することで醸造されていくものである。しかし、それが希薄になった今、簡単に脆く崩れ去ってしまうのではないか。脆い家々や簡単に搾取されてしまう状況、好奇の眼差しを向ける人々の横で、ゆるく強固な絆を形成する夫婦を通じて、『小さき麦の花』は我々にこう語りかけることでしょう。
「深くまで他者と関係を築いていますか?」と。
2022/2/10(金)YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町にて公開。
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※映画.comより画像引用