フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊(2021)
THE FRENCH DISPATCH OF THE LIBERTY, KANSAS EVENING SUN
監督:ウェス・アンダーソン
出演:ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、スティーブ・パーク、ウィレム・デフォーetc
評価:75点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
本来であれば2020年のカンヌ国際映画祭でお披露目になって盛り上がった『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が長い歳月かけてようやく日本でも公開された。第34回東京国際映画祭上映時はやたらと評判悪かったのだが、公開されると絶賛の嵐となった。恐らく、東京国際映画祭の治安が悪かったせいだろう。一抹の不安を抱きながら、私も観に行きました。傑作であった一方、問題もある作品でありました。ということで書いていきます。
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』あらすじ
「グランド・ブダペスト・ホテル」「犬ヶ島」のウェス・アンダーソン監督が、フランスの架空の街にある米国新聞社の支局で働く個性豊かな編集者たちの活躍を描いた長編第10作。国際問題からアート、ファッション、グルメに至るまで深く切り込んだ記事で人気を集めるフレンチ・ディスパッチ誌。編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.のもとには、向こう見ずな自転車レポーターのサゼラック、批評家で編年史家のベレンセン、孤高のエッセイストのクレメンツら、ひと癖もふた癖もある才能豊かなジャーナリストたちがそろう。ところがある日、編集長が仕事中に急死し、遺言によって廃刊が決定してしまう。キャストにはオーウェン・ウィルソン、ビル・マーレイ、フランシス・マクドーマンドらウェス・アンダーソン作品の常連組に加え、ベニチオ・デル・トロ、ティモシー・シャラメ、ジェフリー・ライトらが初参加。
ウェス・アンダーソンのカラクリ屋敷
お盆に、飲み物や小箱が次々と乗せられ、給仕の人が運ぶ。ジャック・タチを思わせる建物の複雑な階段を登る。ウェス・アンダーソンの完璧主義の極地がこれだけで感じさせる。本作は、雑誌をテーマに、所狭しと文を連ねるように、饒舌に画と物語の洪水を観る者に浴びせる。第一話では、刑務所の囚人と女囚の不思議な関係性から巨大なアート作品が生まれるまでを描く。第二話では、『男性・女性』や『中国女』時代のゴダール映画を意識したような作品。結婚しない強い女性でいるジャーナリストが、活動家の男と女の間で心揺さぶられていく話。第三話は警察署長の晩餐会裏で展開される誘拐劇。ルイ・フイヤードの活劇を彷彿とさせるコミカルな犯罪ものとなっている。
本作は縦横無尽に画面をカメラが動き回る。日常では通ることのできない、壁から壁へ上下左右動く。これはウェス・アンダーソンお得意のドールハウス演出によるものである。今回に関しては死ぬつもりかと思うほどに、今までの技術の全てを注ぎ込んでおり、画面がとにかく高密度だ。刑務所の一画をギャラリーとしたスペースでは、大勢の人がマネキンのように静止し、混沌を表現する。かと思えば、第三話では、一つの画面に左右上下から壁を破壊しながら銃撃が展開される。
個人的に面白いのは第二話だ。下手に真似すると大火傷することで有名なゴダール映画オマージュ。この解像度の高さとウェス色に染めていく手腕が実に鮮やかだ。『男性・女性』や『彼女について私が知っている二、三の事柄』において、男性はビール、女性はコーヒーやジュースといったアルコール/ノンアルコールの関係を丁寧に再現する。会話も、『中国女』に寄せ政治的対立を強める。結婚しない主義の女性ジャーナリストが学生運動の内部に迫る中で、イデオロギーを揺さぶられていく。
ゴダールは数人のミニマルな空間を作り出すが、ウェスの場合、画面に数十人ギチギチに詰め込む。カフェの中のセットが真っ二つに割れてジュークボックスが野ざらしとなる。こうした独自色で染め上げていき自分の血肉へ変えていく演出はお見事と言えよう。
一方で、本作はウェスの完璧主義が過剰なことにより、「決定的瞬間」を捉える映画の面白さが希薄となってしまっている作品でもある。画を作り込み、全てをコントロールすることにより息苦しさを感じるのだ。映画は、人生の中から退屈な要素を抜き2時間程度に圧縮したものだ。ジャック・タチの『プレイタイム』は、システムの中に生かされている人々の中にユロ氏という異物を投入することで、何かが起こることを予見させる。実際にレストランのシーンでは崩壊が起こる。だが、本作は登場する全ての人が操り糸に動かされるように、アクションを行う。全ショットが一切無駄を廃しているので、世界に没入するよりも、世界に押し込められているような感覚を抱くのだ。
本作はグッズが欲しくなる程好きな作品であるし、映画を観た幸福感は120%であるが、この窮屈さはやはり問題だと思わざる得ない。
第74回カンヌ国際映画祭関連作品
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※IMDbより画像引用