リング・ワンダリング(2021)
Ring Wandering
監督:金子雅和
出演:笠松将、阿部純子(吉永淳)、片岡礼子、長谷川初範、田中要次、品川徹、安田顕、伊藤峻太、横山美智代、古屋隆太etc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第22回東京フィルメックス、メイド・イン・ジャパン部門で上映された金子雅和監督作『リング・ワンダリング』が2022年2月19日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにて上映される。今回、配給のムービー・アクト・プロジェクトさんのご厚意で一足早く観賞しました。ここ最近、心情や状況を饒舌に語る映画が多くなっている中、寡黙さと向き合った意欲作となっていました。
『リング・ワンダリング』あらすじ
東京の下町を舞台に、人間の生や死に実感のない若者が不思議な女性との出会いを通して命の重みを知る姿を、切なくも幻想的に描いた物語。漫画家を目指す青年・草介は絶滅したニホンオオカミを題材に漫画を制作しているが、肝心のオオカミをうまく形にできずにいた。そんなある日、彼はバイト先の工事現場で、逃げ出した犬を探す女性ミドリと出会う。草介は転倒して怪我を負ったミドリを彼女の家族が営む写真館まで送り届けるが、そこはいつも目にする東京の風景とは違っていた。草介はミドリやその家族との出会いを通し、この土地で過去に起きたことを知る。「花と雨」の笠松将が主演、「孤狼の血」の阿部純子がヒロインを務め、安田顕、長谷川初範、片岡礼子が脇を固める。監督は「アルビノの木」で国内外から注目を集めた金子雅和。
一歩遅い漫画家と一歩早い不思議な世界
夢の中ではどんなに違和感があっても、それを受け入れ世界観に溶け込む。しかし、一度「違和感」を意識し始めると泡が弾けたように夢から覚めてしまう。
漫画家・草介(笠松将)は工事現場で働きながら、物語を紡いでいる。しかし、絶滅したニホンオオカミを紙に落としこむことができず苦悩している。恋人はいない、東京オリンピックが近づいているがどこか遠い世界のようだ。彷徨うように人生を生き、漫画を描く時だけ微かな生を感じている草介は、仕事場で犬の化石を拾う。何かを感じた彼は、暗夜に現場へと忍び込むと、「しろ…しろなの?」と呼びかけられる。女の足が見える。彼女の方向を避けるように、回るようにして隠れるが、いよいよ逃げられなくなり飛び出す。思わぬボーイ・ミーツ・ガール。彼は邂逅した。下駄を履いた不思議な女性・ミドリ(阿部純子)は犬を探している。彼女は足を捻ってしまった。仕方なく、背負って家まで送り届けるのだが、そこは古びた写真館。家族は古臭い生活を送っている。会話も噛み合わぬまま、歓待を受けることとなる。
大昔にタイムスリップしてしまったことは明らかであるが、本作ではなかなか言及しない。それは草介が通俗な漫画に反発しているからだろうか?異世界転生もので、すぐさま現実と異世界の差を言及することへの抵抗だろうか?はたまた、思わぬボーイ・ミーツ・ガールの不思議な夢から醒めないようにするためだろうか?草介が目の当たりにする世界をじっと見つめると、奇妙な時間の流れがあることに気づく。
草介は言葉を選びながら話すため一歩遅い。それに対し彼の前に現れる者たちは一歩早い。草介の反応を待たずに発言をしているのだ。そしてその噛み合わない間を、半世紀も昔のゆったりとした時間が流れているのだ。この感覚は夢で流れる時間と類似している。一方的に不思議な事象が押し寄せ、反応する前に次の事象が訪れるのだ。草介は「うん」、「えっ」とうろたえながらも、それを顔に見せまいと抑圧し不思議な空間に没入していく。今や、目の前で起きたことをすぐさま言語化する世の中になったが、一歩立ち止まり事象と向き合うことに光を与えているのだ。段々と、ミドリのことが気になっていく草介。だが違和感も強い世界。でもそれを言及したら世界が壊れてしまうかもしれない。内面での葛藤を反映するかのように、彼女はしつこく彼の後をついていく。別れのタイミングが来ても彼女はなかなか別れようとしない。夢から醒めないでほしい願望を美しく描いている。やがて不思議な夜が明け、再び現実を彷徨う中で事象が結びついて円が形成されていく。まさしく“Ring Wandering”といえよう。
世界を完全に理解しなくてもいいし、わからないことはある。言語化できないこともある。でもそれでもいいではないか。
幽玄な夜の世界、黄金色に覆われた草原、漫画の中で生きる雪原、豊穣な空間で展開される奇譚に惹き込まれた。
2022年2月19日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開。
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※映画.comより画像引用