【東京国際映画祭】『ある詩人』広大な文学の地が失われる轍※ネタバレ

ある詩人(2021)
原題:Akyn
英題:POET

監督:ダルジャン・オミルバエフ
出演:エルドス・カナエフ、クララ・カビルガジナ、グルミラ・ハサノヴァetc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第33回東京国際映画祭コンペティション部門が発表された時、私は度肝を抜かれました。なんとダルジャン・オミルバエフの新作が選出されていたのです。ダルジャン・オミルバエフといえばカザフスタンのブレッソンとかタルコフスキーと呼ばれている伝説的な監督。トルストイの「アンナ・カレーニナ」を映画化した『ショーガ』はカイエ・デュ・シネマの年間ベストに選出されている。私も2021年に映画監督の不思議な旅路を描いた『ザ・ロード』とドストエフスキー「罪と罰」を映画化した『ある学生』に衝撃を受けて、2021年上半期ベスト旧作編に選出している。そんな彼の新作が三大映画祭をスルーして東京国際映画祭でワールド・プレミア上映されるとは市山尚三の選定眼に痺れます。

というわけで観てきました。

今年暫定1位の大傑作でありました。尚、ネタバレ記事です。

『ある詩人』あらすじ

文壇に認められない詩人の男は、権力に抗って処刑された19世紀の詩人に思いを馳せる…。現代社会における芸術の困難さを描いた、カザフ映画の旗手オミルバエフの最新作。

※第33回東京国際映画祭サイトより引用

広大な文学の地が失われる轍

タルコフスキー『サクリファイス』の写真から、カメラは詩人の手、そして顔へと移動する。ゴニョゴニョと、音になる前の言葉をこねくり回しながら、彼は紙に詩を綴っていく。暗い部屋に光が差し、気がつけば朝がやってくる。そんな詩人の文学世界は資本主義によって破壊されようとしている。

オフィスで男たちが、資本主義と言葉との関係を議論している。96%の言語人口を足し合わせても全体の3%に過ぎず、常に淘汰されている。カザフ語も衰退の一途を辿っており、そこでカザフ語による詩を綴ることに意味があるのかと嘆いている。

売れない詩人は、講演の依頼を受けて旅に出る。その過程で彼が本を読むと、本の世界が広がる。読書を通じて、時や空間を超越できる。閉塞感ある詩人の生活パートと対極的に、広大な土地で人が殺され、その死の痕跡が時を超えて人から人へと継承されていく過程が描かれているのだ。

ダルジャン・オミルバエフファンはお察しだろう、これは『ザ・ロード』の焼き直しだと。『ザ・ロード』では、二流の映画監督が旅する過程が描かれている。その中で、上映イベントに行くがトラブルに巻き込まれるというシーンがあるのだが、本作でも同様にホールで哀愁漂うトラブルに主人公が見舞われる。その横で、映画監督が妄想する映画のワンシーンが流れる。つまり、『ある詩人』では『ザ・ロード』における映画の要素が小説に置換されているのだ。そこへ、『ある学生』にあった、群衆の覗きのショットや不気味な夢侵入描写が組み合わさる。ダルジャン・オミルバエフ監督が自身の文法をブラッシュアップしている作品と言える。

今回、明確に上記2作品と異なるのは、デジタルデバイスとの関連性である。グーテンベルクが活版印刷を発明して、文章で人々の心を動かし、思考の幅を拡張させてきたが、今や人々はスマホでゲームをしたり短い動画を観たりしている。小説や詩の世界に潜り、仮想的な広がりに身を投じることを忘れてきてしまっているのではないか?言葉が失われ、言葉によりいくらでも広げていける世界が侵食される中での足掻きをアキ・カウリスマキ映画のような哀愁の中ユーモラスに描く。

中でも、キャディラックのディーラーに仕草で見下された帰りに、靴を買う。その後、家電量販店で自分の講演の動画を大量のテレビモニターに映し、警備員に追われる場面が非常に面白い。よくよく、主人公の靴を見ると、車屋に寄った帰りにボロい靴を捨てているにもかかわらず、家電量販店ではその靴を履いているのだ。黒沢清映画のような、無機質な警備員の動きがそこに加わることで、これが主人公の夢だと分かる。ヌルッと現実に侵食する夢描写であるのだが、緻密なヒントが隠されており、その遊び心にニヤついてしまう。

『ザ・ロード』と一緒じゃんとか、詩を高尚なものとして捉え過ぎ問題とかありますが、オミルバエフのユニークな間の中でぼやかれる資本主義に呑まれていく中での足掻き、しかと受け取りました。

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※第33回東京国際映画祭サイトより画像引用