【ネタバレ考察】『映画 おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出!』ユーザはマニュアルを読まない

映画 おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出!(2021)

出演:花田ゆういちろう、小野あつこ、福尾誠、秋元杏月、横山だいすけ、小林よしひさ、小池徹平、吉田仁美、川島得愛、冨田泰代etc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

私はいつも思う。映画評論家は幼児向け映画を軽視していると。いや、軽視の前に存在を認知できてないのかもしれない。しかしながら、幼児向け映画はゴダールを始めとするシネフィルが褒め称えるような映画監督が、さも必殺技の如く繰り出す超絶技巧の演出を颯爽と、さも当然の映画文法のように使う。その独自文法の鋭さを学びに幼児向け映画を観ることは非常に重要だと考えている。なんたって、第四の壁を破るのは1+1=2の計算をするように当たり前の文法としてある幼児向け映画界。驚くべき手法がないわけがない。

例えば、『劇場版ミッフィー どうぶつえんで宝さがし』では、動物が主役の映画でありながら動物園が登場する不可解な事象がタイトルからも分かるのですが、犬のスナッフィーが入園お断りされたり、熊の園長が北極熊を飼育していたりと、常識や論理的思考が少ならからず存在する大人には考えもつかないアヴァンギャルドな演出が次々と押し寄せてくる。シカクいアタマを持ってかかると、門前払いとなってしまう怪作である。だが、常識や善悪の概念がない幼児にとってそれは当たり前かもしれない。白紙に、事象が並べられることが幼児にとっての常識だからだ。幼児向け映画の製作者は、シカクいアタマをマルくし、尚且つデヴィッド・リンチやガイ・マディンといった前衛映画監督が闇に向かうのに対して光のベクトルへ物語を運ぶ必要がある。そんな離れ業をいとも簡単にやってのけるから驚かされる。

閑話休題。2018年よりシリーズ化されている『映画 おかあさんといっしょ』シリーズは、毎回驚くべき映画文法を紡いでくるので、公開されればイオンシネマ海老名に駆けつけるようにしている。1作目『映画 おかあさんといっしょ はじめての大冒険』では花田ゆういちろう、小野あつこ、小林よしひさ、上原りさの歌って踊っての身体表象のコミカルさと、ブンバ・ボーン!」をはじめとするセットリストの良さによって子どもたちが自然とスクリーン中央部分に集まり、『ストップ・メイキング・センス』のライブ会場さながらの盛り上がりを魅せた。言葉もまだわからないであろう子どもたちが自発的に歌って踊り、そしてスクリーンに向かって応援する奇跡を目撃し感動を覚えた。また、インターミッションが設けられ、幼児の体感時間を分析し、6分という絶妙な時間を設けているところに拘りを感じた。

また2作目『映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!』では、前作がオムニバス形式だったのに対し、一直線の物語に挑戦する。敵役すりかえ仮面(小林よしひさ)が何故イタズラするのかを掘り下げる。その理由が、イタズラをして他者に認知してもらわねば消滅する運命を抱えていたというもので、いじめっこを排除することが平和に繋がらないことを訴えていた。子ども映画の倫理譚は『それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星』における産業廃棄物問題を始めとして深い領域まで掘り進めており感銘を受ける。また、映像面でもフレームの外側を活用し、ガラピコぷ〜の民が目に映らぬところでどんちゃん騒ぎする様子が描かれている。幼児の眼を信じての演出。スクリーンには草むらしか映ってないのに、幼児たちが爆笑していたのが印象的であった。

さて、今回シリーズ3作目ということで朝イチで観てきました。

『映画 おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出!』あらすじ

NHK Eテレの長寿子ども番組「おかあさんといっしょ」の映画化第3弾。いつも仲良しのお兄さん、お姉さんたちがケンカしてバラバラになってしまったうえ、ヘンテコな世界に飛ばされてしまい大ピンチに。お兄さん、お姉さん、そして「ガラピコぷ~」のチョロミー、ムームー、ガラピコたちが、元の世界に戻るため冒険を繰り広げる。テレビ版のレギュラーメンバーである、ゆういちろうお兄さん、あつこお姉さん、誠お兄さん、杏月お姉さんに加え、先代のうたのお兄さんである横山だいすけ、先代のたいそうのお兄さんの小林よしひさも登場。ヘンテコ世界の捜査官役として小池徹平がゲスト出演する。上映中は劇場内を真っ暗にしないほか、指さしや拍手で参加できるクイズや座ったまま体を動かせる「からだ☆ダンダン」、スクリーンのお兄さんお姉さんたちと一緒に記念写真を撮影できるコーナーなど、小さな子どもたちが楽しめる工夫や演出が多数盛り込まれている。

映画.comより引用

ユーザはマニュアルを読まない

2020年、不運にも世界は新型コロナウイルスの猛威に包まれ、1年が過ぎても終息することはなかった。幼児向け映画は、『映画 おかあさんといっしょ』シリーズに留まらず、観客参加型にするケースが多いのですが、声を出してマサラスタイル、応援上映することは難しいので演出もそれに対応せざる得ない。まず、冒頭のコール&レスポンスは残念ながら廃止となった。うたのおにいさん/おねえさん、たいそうのおにいさん/おねえさんは手を振るし、しずく星の住民もMC活動をするが火力を上げることは前2作に比べると難しい。だが、粛々と2曲明るい曲を繋いでいく。「アイアイ」で盛り上げたところで、舞台は家となる。前作では、広大な自然を強調していたが、ステイホームが重要視される現在の状況を反映し、家の中から壮大な冒険譚を紡ごうとする。

さて、物語は「しずく星」へと移る。チョロミー、ムームー、ガラピコたちがでんぐり返りをして無邪気に遊んでいる。そこへ、デリバリー・スキッパーさんが登場する。彼はワープ機能を備え持つ時計型メカを見せびらかすのだが、急な配達により立ち去る。チョロミーたちの前には時計型メカのBOXが放置される。「押すなよ」という、フラグを最速ルートで回収していく。職業柄、このフラグ回収のシーンが非常に魅力的である。ガラピコは、分厚いマニュアル本を自炊し脳内に格納する。一方で、チョロミーは「ボタンを押すだけでしょ、簡単でしょ」と安易に触る。ユーザは意外とマニュアルを読まない/読めないものだ。魅力的なものが目の前にあり、尚且つシンプルな操作に見えた時、直感で動かそうとしてしまう。マニュアルは文字や堅っ苦しいルールがドライに陳列されており、読む気が失せてしまうものである。そして、簡単だと思っていたワープ。人間界に降臨し、花田ゆういちろう、小野あつこ、福尾誠、秋元杏月をしずく星に誘おうとする。だが、ボタンが起動しない。怒りに任せてボタン連打すると(システムエンジニアとしてそれだけはやっちゃダメだ!と涙目になる)、ワープ装置が暴走し、彼ら/彼女らを四散バラバラ異次元へ転送してしまう。間が悪いことに、花田ゆういちろうと小野あつこが喧嘩をしている最悪な状況下でカタストロフは起こってしまうのだ。この装置の仕組みを理解していない者のざっくりした楽観主義が致命的な災害を生み出してしまう負のドミノ倒しの華麗なるフラグの立て方が良い。幼児の集中力は長くない。1分1秒を争う。だから、過不足なく的確にフラグを立てて回収していく。この職人芸が爽快である。

そしてメンバーはそれぞれの世界で脱出経路を探すのだが、ここでも興味深い映像演出がある。まず最初の空間では、『トロン』のような電子空間で右から左から押し寄せてくる四角いオブジェクトを避けるイベントが発生する。福尾誠が左から押し寄せてくるオブジェクトをコミカルに回避していく。だが、画面の奥からもオブジェクトが襲いかかってくる。スクリーンは横方向の空間だけでなく奥行きを大事にすることで立体的なアクションを演出できる理論を実践しているのだ。

花田ゆういちろうが飛ばされた世界では、ヘンテコを探すクイズが展開されるのだが、劇映画でも観たくなるような擬似長回しが披露される。「さがそっ!」の曲に併せて、ゆういちろうおにいさんとヘンテコが町を歩く(ロケ地はキッザニア)。人の気配を感じない街からぬるっと人が現れてくる不気味さが刺激的である。曲が終わると、逆再生で最初に戻り、答え合わせが入る。カメラワークは直線を描きながら、答え合わせパートでは別の挙動を魅せる。そのシームレスな動きにスッカり惚れてしまいました。

あつこおねえさんパートでは、孤独を表象するだだっ広い世界を白黒で覆った空間に彼女をポツンと起き、そこから色彩を取り戻すことで、ゆういちろうおにいさんとの心の距離を修復していく。陳腐な演出ではあるが、丁寧に画に収めていく。

チョロミーと秋元杏月のパートでは小池徹平演じるヘンテコ世界の審査官に「赤か青を選べ」と『マトリックス』さながらの決断を迫る。だが、提示されるお題は、「犬と猫どっちが好き?」「車と飛行機どっちが好き?」といった命を天秤にかけるにはあまりにもどうでもいい質問だ。「何故2択なのか? 」と聞いても、「そういうルールなのだから」と頭ごなしにルールを押し付ける。それに対して、「うさぎが好き」「バイクがいい」とひたすら多様性の案を突きつけることで第三の扉が開く。本質を理解せずにルールを押し付けるものには、取り合わない方が上手くいくといった大人社会の歩き方をこの作品では教えてくれるのだ。この高度な交渉術には驚かされた。

本作は、相変わらず幼児向け映画と侮ると衝撃受ける内容と技巧が滝のように押し寄せてくる作品だ。しかし、前2作と比べると難解だった為か劇場に来ていた幼児2名のウケはかなり悪かったようだ。

それでも私は、本作を今年ベスト日本映画の一本に推したい。映画芸術の人々を始めとする映画評論家が見向きもしないのなら、私がそこに光を当てるまでです。

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※映画.comより画像引用