【ネタバレ】『映画 えんとつ町のプペル』見上げる者が見下げて見える冷笑の暴力

映画 えんとつ町のプペル(2020)

監督:廣田裕介
出演:窪田正孝、芦田愛菜、立川志の輔、小池栄子、藤森慎吾、野間口徹、伊藤沙莉、宮根誠司、飯尾和樹etc

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

クリスマスにSTUDIO4°Cが贈るプレゼント『映画 えんとつ町のプペル』を観てきた。本作は、芸能界きっての意識高い系・西野亮廣プロデュースの同名絵本の映画化である。西野亮廣が絡んでいるため、公開前から不穏な空気が流れていた。どうやら某宗教映画的映画チケットばら撒きで高評価の口コミを広げようとしているらしい。劇場では不気味な拍手が起きたとの報告を受ける。フォロワーの中には今年ワーストと語る者もいた。自分は観る気なかったのですが、どうも第六感が『ワンダーウーマン1984』より面白いと語っているではありませんか。恐る恐る観たのですが、いやかなり良い作品だぞ。

というわけで、映画分析官としてこの映画をネタバレありで書いていきます。

『映画 えんとつ町のプペル』あらすじ


お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣のプロデュースにより、イラスト、着色、デザインなど総勢33人のクリエイターによる分業体制、クラウドファンディングを使い資金を募って制作されたベストセラー絵本「えんとつ町のプペル」をアニメ映画化。煙突だらけの「えんとつ町」。そこかしこから煙が上がるその町は黒い煙に覆われ、住人たちは青い空や星が輝く夜空を知らずに生活していた。ハロウィンの夜、この町に生きる親を亡くした少年ルビッチの前にゴミ人間プペルが現れる。原作の西野が脚本、製作総指揮を務める。監督は伊藤計劃原作の「ハーモニー」で演出を務めた廣田裕介。アニメーション制作は「海獣の子供」「鉄コン筋クリート」などで高い評価を受けるSTUDIO4℃。
映画.comより引用

見上げる者が見下げて見える冷笑の暴力

本作は、意識高い系が見る大衆というものに暴力を振るっている作品故に強烈な拒絶反応を引き起こす可能性がある。ただ一方で、西野亮廣含めスタッフは単なる意識高い系に留まらず技術の上を目指していたため、絵本を映画に翻訳する術を熟知していた。静なる存在である絵本を動なる存在にするため、温もりのあるサイバーパンクをトコトン遊び倒して魅せる。ルビッチら星の存在を信じる者は、天空を見上げる。それに対して世界はルビッチたちを見下ろす。その極端な目線の切り替えにより、ごちゃごちゃした世界に対するマクロとミクロを提示し好奇心を掻き立てる。そして、ルビッチが社会を見下ろすとそこには冷笑の憎悪が蠢いている。彼らは、かつて希望を持っていたらがそれは失われている。その失われた希望を信じたくないため、希望を持つ者が成功することを阻止したいと無意識に感じる。それ故に、暴力的なまでにルビッチたちを邪魔する。そんな彼の目線は常に天空ではなく、ルビッチやゴミ人間・プペルに向けられている。そんな徹底した冷笑に溺れる者が天空に盲目となっている目線に映画を感じる。また、最近の映画は『ウルフウォーカー』もそうだがゲームの要素を取り込むことが主流となっていることにも敏感に気づいており、プペルを追跡するルビッチの高低差あるアクションは、ファミコンアクションのような趣きを放っている。

そして、本作は存在の軽すぎる「友達」というのを、呉越同舟という強力接着剤で結合してみせる。ゴミ人間・プペルと焼却場での生死をかけたドタバタが繰り広げられる。次から次へとピタゴラスイッチのように修羅場修羅場修羅場が釣瓶打ちとなり、その混沌を通じて臭くて汚いプペルと友情が芽生えてくる。その力技は映画的ハッタリに満ち溢れている。「友達100人できるかな?」という難問に対して「できるよ」と信じたくなる映画の魔法がそこにあるのだ。

本作は『鬼滅の刃 無限列車編』や『新解釈・三國志』、『約束のネバーランド』といった大衆映画にありがちな説明セリフが映画の推進力となっているのだが、フレームの外もしっかり使い込もうとしているところにパワーを感じさせる。藤森慎吾演じる饒舌なスコップが、ベラベラと演劇セリフで喋り捲る場面では、ドン引きするルビッチたちのみを映すことにより、より一層スコップの鬼畜っぷりが強化される演出となっている。通常であれば、スコップの動きを映したくなるだろうに、それは最小限に抑え、ルビッチたちの表情からスコップの魅力を掘り下げていく勇気に感銘を受けた。

さて、肝心なストーリーについて話そう。

私は原作未読である。恍惚温もりに満ちたサイバーパンクが特徴的なのだが、その実情はかなり暴力的である。星の存在を信じるルビッチと父親は街ゆく人に暴力を振られるのだ。なんということでしょう。ルビッチも通りゆく人に殴られる場面があるのだ。かといって父親が優しい人かと訊かれたら、NOでもある。高所恐怖症であるルビッチを高いハシゴに昇らせ、転落する事故を引き起こしているのだ。かなりの荒療法を施している。人々は心に余裕がなく、意識高い系ですら暴力で冷笑を殴り倒そうとするゴッサムシティがそこには広がっていた。だから、子どもが、ルビッチが成功するのを信じたくなく、プペルを殴り壊す場面にはギョッとした。

そして終盤では、異端者を取り締まる本部と住民の血みどろな戦争が勃発するのだが、コウモリが容赦無く敵を血だらけにしているとこみると、一見ホッコリ感動物語に見えてアメリカンニューシネマ的暴力に満ち溢れた映画だと言えよう。

それだけにドン引きする気持ちはわかる。ただ、本作は西野亮廣の心象世界に正直な作品だろう。上を見上げる者が下を見たときに無数に群がる冷笑憎悪。それに対して眼には眼を暴力には暴力をと怒りの鉄槌を向ける。自分のオールを他人に任せてはいけないと上を見続けた意識高い系が思わず暴力的になってしまう現象に対して忠実な傑作と言えよう。ルビッチやプペル以上に主張が前に出ているため、拍手が起きたり、それにドン引きするのも分かる。

しかし、ただ単に映画を作りたかったエゴで生み出された作品に留まらずエンターテイメントとして「映画」を作ってくれたことは大いに評価したい。

※映画.comより画像引用

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